モロッコ旅行記 3月17日

3月17日

起きてトマトの皮を剥き、ベルベルオムレツをつくる。皆が荷造りをしに部屋へ戻っているあいだ、ハナにおつかいを頼まれて商店
へ卵を買いに行く。すっかり馴染みの客になったよう。外でユセフが店主とミントティーを飲んでいた。
マラケシュへ行くKさんが午前十一時前にチェックアウト。早稲田の学生で卒業旅行だという。高校の三年間をチリで過ごして、英語とスペイン語を喋る。ゲストハウスを訪れた当初は、身を固く縮こませて、訊ねることに対して恐縮して返答ばかりしていた。けれども二泊連夜のささやかな宴を通じて、心もほぐれたのか、帰るころには笑顔ばかりだった。宿の前で、彼女が写真を撮ろうというので、みんなでトドラの岩山を背景に並んで集合写真を数枚。彼女はご飯をお代わりしてくれて、それが嬉しかった。タクシーは思い
のほかやって来ず、三十分ほどしてようやく見送る。
午後に他の三人と一緒にティネリールへおりる。CTM近くのレストランで昼食をとり、三時に別れる。Tさんは四時のスープラ
トゥールでメルズーガへ。彼女はタイに住んで日本語を教えている。
宿へ来たときから終始ニコニコしていて雰囲気も和む。Aさんの奥さんは「人嫌い」と自称していたけれども本当は良い人で、夕食のときにはいつも助力を乞うた。ご主人は実家が貧しかったというので高校に行く気もなく、けれども親は高校に行かせたく、入学し
たらしいのですが初日に喧嘩をして退学。そのあと、通信制の授業を受け直すも、まわりとの熱量の差があって辞める。十代から働いている。A型的な気遣いが所どころに観られる。
ビールを買って帰る。交替でユセフとハナがティネリールへ出かける。急にひとけのなくなった宿はひっそりと静まりかえって、ひさしぶりにぽっかりと空漠が潜んでいるのを感じる。
皆は無事にバスへ乗ったかしら。
きっと後ろ髪を引かれるのもほんのわずかのあいだだけで、しばらくもすれば四人とも次の街への期待や不安や道々の景色に心を奪われていることだろう。そのことが羨ましくも
ある。
宿で働くというのはきっとそういうものだ。人々を見送って、いつまでも彼らの背中を眺めているような。とは言っても、やることはある。シーツを洗濯して、夕飯にロールキャベツをつくって、マダムたちに美味しいと言ってもらえ、キッチンで立ち食いし、皿を洗って、誰もいないドミトリーにこもる。ドミトリーで彼女たちと話すことはなく、いつも消灯された暗闇のベッドの上で毛布にくるまる姿を見るだけだったけれども、誰もいない、寝息のないドミトリーでは、耳鳴りばかりが空間を覆っている。ティネリールでのバスの発着場所が不安で、四人にLINEを送る。Tさん、Kさんからは無事に宿へ着いたという返信があって安心する。けれども、代理の職務として安否を気にしたというよりかは、心寂しさからLINEを送ったのだろうと思う。
五日間、いつも人がそばに居て、孤独の過ごし方を忘れてしまったようだ。

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