医療×デザイン:地域によるトータルライフサポートに関するサービスデザインの研究(2016-17年度)
はじめに
以下の記事は、前職の在職中に発行された冊子「サンガク 情デの産学共同研究」(2018) の一部を転載したものです。医療×デザインの取り組みを広く伝えたいという主旨にご賛同いただき、多摩美術大学情報デザインコース研究室より快く転載の許可をいただきました。ご配慮に心から感謝いたします。
ページの終わりに転載元のクレジットとリンクを記載しました。また、本記事では許可をいただいて二段組の元原稿を一段組のフォーマットに変換しています。
(注)記事の中で紹介するサービスはいずれもプロトタイプによる提案であり、社会実装されたものではありません。
共同研究テーマ
産学共同研究 地域によるトータルライフサポートに関するサービスデザインの研究(1)(2)
共同研究者 日本電気株式会社(2016年度)、医療法人社団 KNI(2017年度)
担当教員 吉橋昭夫(多摩美術大学 准教授)、長田純一(多摩美術大学非常勤講師, 日本電気株式会社)(所属は当時のもの)
参加学生 3年経験デザインII サービスデザイン履修生
実施年度 2016年度後期、2017年度後期
ヘルスケアサービスをテーマにしたサービスデザイン
3 年次の演習「サービスデザイン」ではこれまでに、食、ショッピング、観光などのテーマを扱ってきた。2016年度からは社会課題に取り組むこととし「ヘルスケア」をテーマとする共同プロジェクトを実施した。本学と日本電気株式会社(以下NEC)、医療法人社団KN(I 以下KNI)の三者が共創して地域とヘルスケアサービスの未来を描くことを試みた。共同研究は二つのフェーズで構成し、フェー ズ1 では、NEC のデザイナー、KNI スタッフと本学の研究メンバーが参加して「シナリオ・プラ ンニング」の手法と「UX デザイン」を組合せて「未来の八王子市」の三つのシナリオを導いた〔図1〕。フェーズ 2 では 、 導 い た シ ナ リ オ の ひ と つ「メディカルランド」を取り上げ、3 年生の演 習授業「サービスデザイン」において具体的なサービスアイデアの検討を行なった。 授業では「未来の八王子市のヘルスケアサービス」を課題として設定し、学生の視点で住民 に医療や健康を提供するための新しいサービ スを提案した。現状では様々な制約のためヘ ルスケアサービスを自由に開発することはでき ないが、技術や規制緩和が進んだ未来に視点 を置いて新しいサービスのかたちを提案することにした。
地域と医療について知る
若い世代は病院を利用する機会が少ないため、まず KNIのさまざまな取り組みについて医療者としての考え方や活動についての話を聞いた。診察や治療だけでなく、患者さんやご家族の生活全般に対する目配りやサービスの提供、地域との連携、海外での病院設立など、KNIの具体的な活動を知ることで、学生たちが自分との関わりやデザインが貢献できることは何かを考えるきっかけとなった。 さまざまなサービスの企画を発想したあと、アイデアをかたちにしていく段階では病院でのフィールドワークを行なってアイデアや仮説がどのような価値を持つか確認した。また、 デザインにあたって必要な情報を、看護師、リハビリスタッフ、管理栄養士、医療相談員などの医療従事者からヒアリングした。教室の中で発想・展開したアイデアを、実際の医療サービスの現場に持ち出して、ステークホルダーの目線から評価することによって、アイデアの本質を確認し良い点や課題を把握することができた。
サービスをデザインする
サービスを具体化するためにプロトタイピングと評価のプロセスを繰り返して、新たなヘルスケアサービスが生まれた。その中のいくつかを紹介する。「八王子健康ごはん―病院食ビュッフェで美味しく楽しく健康に」〔図2〕は、病院にあるレス トラン内で栄養士が監修した病院食をビュッフェ形式で提供するサービスである。摂取カロリーの目安や栄養情報の書かれたメニュー、主菜用と副菜用に分かれたお皿などによって利用者に健康的な食事を意識させ、持ち帰れるレシピカードやウェブサイトでの情報提供によって自宅でも健康的な食事を取るよう促すものである。 「めでぃくまー暮らしに寄り添う薬の配達屋さん」〔図3〕は、薬を薬局まで取りに行く手間を省くことができるサービスである。スマホアプリと連動したドローン型のロボットが、処方された薬を患者さんへ直接届ける。また、市販薬を常備して街を巡回している小型ロボットや、駅などに設置されタッチパネルに症状を入力し て薬を受け取れる自動販売機型など複数の場所と形態を想定して、患者の経験価値を高めるような薬の提供サービスをデザインした。
「NURSE IDOL PROJECT(ナースアイドルプ ロジェクト)」〔図4〕は、ウェブサイトやスマホアプリを通じて「ナースのアイドル」を応援することで若年層に健康的な生活を送ってもらうためのサービスである。健康診断とセットになっている握手会や生活習慣を改善することで特典が手に入るアプリなど、アイドルを応援しながら健康になっていく仕組みを考えサービス全体をデザインした。「OPETOMO(オペトモ)」〔図5〕は入院患者をサポートするためのコミュニケーション・ロボットの提案である。患者はOPETOMOと会話することで入院や手術への不安が和らぎ、他の入院患者との交流の助けにもなる。医師や看護師はOPETOMOを媒介として患者の体調やメンタルに関わる情報を把握して、それを治療や看護に反映することができる。他にも患者や市民の目線から考えた様々な提案が生まれた。
地域と医療とサービスデザイン
成果報告会において、いずれの提案も未来のヘルスケアサービスの可能性を示すものとしてよい評価を得ることができた。また、マーケティング学会など学外でも発表をおこない専門家から様々なご意見をうかがった。「ヘルスケア」や「医療」は難しいテーマだが、患者やサービス利用者の視点をこの分野に持ち込むことで、こ れまでとは違う良いUX(経験価値)を提供することができる。また、これらの分野においてコンセプトや企画を具体的なかたちにし「見えるようにする」ことの価値も大きいと考える。今後も医療や地域など社会課題に関するサービスデザインの実践を重ねていきたい。
プロジェクト実施にあたり、日本電気株式会社 事業戦略イノベーション本部のみなさま、医療法人社団 KNIならびに関係者のみなさま、八王子市民のみなさまから多くのご支援・ご協力をいただいた。ここに深く感謝したい。
(吉橋昭夫)
クレジット(転載元):
サンガク 情デの産学共同研究
2018年3月31日 発行
著者 吉橋昭夫、永原康史、宮崎光弘、楠房子(掲載順)
デザイン 松川祐子
編集・発行 多摩美術大学情報デザインコース研究室
冊子(pdf)のダウンロードリンク:
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