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北斗七星と偽ボクロ
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本棚の奥を整理していて、いろいろ(=小学生の頃にもらったラブレターとか、果たし状とか)燃やしたりしていて、その際に出てきたかなり昔に書いた書評。これで1万円もらった記憶がある。半年ぐらい月一で書いたかな?
この記事の内容は書いた本人はまったく覚えてなくて、いまちょっと読み返したけど、マジ、くだらない書評で、よくこんなのに、あいつらは1万日本円を出したなと思うけど、でも、やっぱりぼくは村上春樹さんを一時期とても好きだったんだろうな、とも思った。
で、好きではなくなってきた分水嶺があって、それは「国境…」。つまり、好きなのは「国境…」の1つまえの「ノルウェイ…」まで。
ハルキストの反感を買いたくないからあらかじめ言うけど、「騎士団…」までは、しっかり新刊を買ってます。少なくとも1度は丁寧に読んだ。「海辺のカフカ」は2度読んだ。メモを取りながら。
駄作です。何が”シームレス”だ! シームレスの金字塔、「銀河鉄道の夜」の1/100の価値もないと思った。
村上さんで、急に思い出したのは、札幌出身現東京のマヤさん。偽ボクロのマヤさん。大好きまではいかないけど、なんとなく好きな、波長の合うマヤさん。もう何年も連絡してないし連絡もないけど(それはぼくが翻訳者としては二流どころか三流だからです……泣)。
マヤさんも「ノルウェイの森」がいちばん好きみたいで、ぼくは2番目。いちばん好きなのが、この書評の「ハードボイルド…」。
ぼくはリアルタイムでは読んでなくて、モンタナ大の2年の頃だったと思う。1年の冬に日本に戻って、本を買い込み、そこにあった何冊かが「風の歌…」から「ノルウェイ…」まで。
村上さんの文体が鼻につかなかったのはぼくが若かったからだと思う。ハルキストはあれがいいんだろうけど、例えばカズオ・イシグロ。読めば読むほど好き。ふたりの絶対的な違いは読者に対する愛情の深さ。社会の人たちがより幸せになることを願っているイシグロと、それほどは願っていない村上。
ぼくはぼくが生きているうちには小説という形体では本を出せない可能性が高いけど、もしも活字になるとしたら、イシグロと同じ理由であってほしいです。
で、名刺ケースの中にあったマヤさんの名刺を見つけて、ぼくは電話してしまった。携帯番号が書いてあったから。淋しかったから。自称孤独の達人なのに、時々とてつもなく淋しくなることがある。母が死んで天涯孤独になったことも影響してると思う。
マヤさんの話でした。
なんと個人携帯でした。例えばぼくに仕事を入れてくれる請負会社や派遣会社。営業担当者が女性のことは多々あります。携帯書いてあるけど、すべて会社携帯です。17時以降は出ない人も多い。マヤさんの携帯は、マヤさんが進学で上京したときに初めて買った携帯で(それまで携帯を持っていなかった)◯◯大英文学部を卒業して◯◯社に入って、編集をさせてもらうはずがなぜか、「兼営業」になって、次第に編集の仕事は減っていきいつの間にか「営業」だけになり、少し腐っていた頃に「北斗七星の話は、ときめきましたよ、アキオさん!」と数年ぶりの突然の電話なのに、いきなり「アキオさん」。
その数年前の初対面のときに、マヤさんの左の目尻にすごく小さなホクロがあって、ぼくは「そのほくろいいですね」と子どもみたいに、思ったまま口にしてしまい(治らない悪癖)、そしたら「実はこれ描いてます。これも…」と、マヤさんは顔面上の3つの偽ホクロを自己申告した。
「もう4つ描けば北斗七星になりますね」とぼくが返すと、「うちの実家の窓から北斗七星見えますよ!」とマヤさん。
札幌出身の方。また、ぼくは黙ってればいいのに「北斗七星は東京からも見えますよ、北半球の大方で見えるはずです」と余計なことを言うと、「……あ、そうですね」と彼女は真っ赤になった。
〈ごめんね、マヤさん。足りない4つは、ぼくがひとつずず探します。待っていてくれますか?〉と、ぼくは次の日の日記に記しました。カフカの日記みたいで粋でしょ?
なんと、マヤさんの◯◯社は潰れてました。知らなかった。ぼくの晶文社だって潰れてもおかしくない業界の状況です。晶文社って小規模ですが、超有名&優良出版社で、ここで出版歴があると、どの出版社も話(こういう翻訳書を出したいのだけど、という「持ち込み」)は聞いてくれます。マヤさんの◯◯社も悪くはないけどそこまでは行かない。規模は晶文社より大きかったはず。倍程度かな?
いまは生命保険会社で働いていて、そこそこ楽しいという。営業も少しするけどそれはあくまでも企画に活かすための作業で「保険商品の開発」をしていて、「アキオさんなんかいきあたりばったりの人生じゃない?」と失礼なことを言った。
当たっている部分もあるけど、ぼくは結構用意周到に未来の危機を予期していて、「香港にいるときに個人年金に入ったよ。60まで払えば、いまの運用成績だと月1000ドル弱もらえる。米ドル」というと、「へぇ〜意外。物書きになれない翻訳家で、新聞配達でもしてそうな感じがあったから」と。「新聞配達はいまでもしてもいいと思うことがある。自転車好きだから」とぼく。
「電話代だいじょうぶ? ラインで話そうか?」とマヤさん。優しい。いつのまにかタメ口なっていて、うれしい。
結局1時間も話して、互いの近況は漏れなく交換できたけど、ついに「会いたい」とは言えなかった。
いつかまた会えるでしょう。会えなくとも、マヤさんが元気で、幸せなら、それでいい。同じ空の下にいられるだけでいい。