出前の思い出


情勢が情勢なので、折り込みチラシや店先で出前やテイクアウトが謳われているのを随分と目にするようになった気がします。
テイクアウト系は普段からよく購入するので、スーパーの一角に新たに飲食店のテイクアウトコーナーが増えてからは、今までなら買えなかった商品が並んでいるのが嬉しくてちょっとうきうきしながら選んでいます。

外食はもう少し様子見しようと思っているので今はこんなかたちでしか貢献できないけれど、お店の人たちには頑張ってほしいですね。

テイクアウトはよく利用する私ですが、思えば出前って利用しないなぁと、このご時世で気付きました。ちょっと、人に住所を知られるのが苦手なんですよね。だから通販も全然頼まない。

でも日常が変化した今こそ、普段しないことにチャレンジしてみるべきなのかもしれません。前から丼ものの出前をやっているお店がチラシを投函してくれているので、できたらそのお店で頼んでみようかな。美味しそうな種類がいっぱいあって、何にしようかずっと悩んでいるけれど。(苦笑)


自分では出前を取りませんが、幼い頃に親が頼んでくれた思い出があります。そんな思い出話を、今日はさせてください。

あれはまだ私が1歳後半から2歳ぐらいの頃です。母が妊娠中で、買い物に行くのも夕飯を用意するのもつらい時期がありました。
私は幼稚園に通う前提で保育園には行っていなかったので、昼間は母とステイホーム状態で過ごしていました。
今思うとあれは母がつわりでしんどい頃だったし、大人になれば理解できる状況ですが、公園に遊びに行くどころか近所のスーパーにさえ出かける機会がほとんどなかったのは子供心につまらないなぁと感じていましたね。
まあその結果、たまに両親が揃っている日に出かけると、ストレス発散とばかりに全速力でスーパーの中を走るわんぱく娘になっていたわけですが。(苦笑)

ちょうどそんな時期が最初です。母が中華屋さんで出前を取るようになりました。大人になってから知りましたが、近所にあったらしい出前専門の中華屋さんに頼んでいたそうです。

のちにこの中華屋さんのリピーターになった我が家。炒飯、天津飯、麻婆豆腐、餃子、蟹玉、野菜炒め、八宝菜……。このあたりのメニューを日によって組み合わせを変えながら、頼んでくれていた覚えがあります。くどくなくて、幼い私も食べやすい味でした。私の中にある町の中華屋さんのイメージと味は、完全にこの頃食べた料理です。

この中華屋さん、配達しに来てくれる人は二人交代制でした。一人は店主のおじさん、もう一人がその息子さん。母が会計時に彼らと話しているのを聞いて、そう理解していました。

最初に出前を取ったときに来たのがおじさんの方でした。人見知りだった私は母の脚の後ろに隠れつつも、初めて目にする岡持ちに興味津々でした。どういうふうに料理が運ばれてくるのかよく分かっていなかったのです。

てっきりお盆に載せてくるのかと思いきや、どこにも見当たらない。むしろ銀色の、見たことがない大きな箱を持っている。
何だろうと不思議がっていた私に気付いたのでしょう、おじさんが「さて、箱の中には何が入ってるかな?」とおどけた感じで私に話しかけてきました。首を傾げる私。おじさんは焦らすように箱の全面の蓋を引き上げ始めました。

おじさん「何かな~、何かな~?」
母「桜ちゃん、何だと思う?」
私「うーん……」

おじさんが中華屋さんであることをすっかり忘れた私。(笑)このときものすごく真剣に悩みました。でも結局分からずじまいで、首を横に振って分からないと伝えた気がします。

「実は箱の中身は……炒飯と餃子です!」

じゃじゃーん、という効果音がついていそうな感じで、おじさんは岡持ちの蓋を開けました。やっと現れた中華料理のお皿。
焦らすように蓋を開けたり閉めていたとき、私にはまだ箱の中身が見えず、何か入っているというよりは空っぽに見えていました。だからこのとき私には、いきなり箱の中にお皿が現れたような不思議な現象に見えたのです。

完全に私の勘違いだったけれど、それはまるで手品のような、ミラクルな瞬間でした。当時の私からすれば、あの箱にいきなり料理がワープしてきた、というような感覚だったと思います。それが何だかとても面白くて、けらけら笑っていたのはよく覚えています。
おじさんも、人見知りでほぼ無言だった幼子が笑って気をよくしてくれたのでしょう。のちに出前を持ってくるたびに、同じようなやりとりをしてくれました。箱を開ける瞬間が好きなのだと理解してくれていたので、私が玄関先に現れるのを待ってからいつも箱を開けてくれていました。(その節はありがとうございました)
私もおじさんに慣れて、何回か中身を予想するやりとりをしました。まあ、当たり前だけど毎回中身は中華料理のメニューですが。(笑)

たまに息子さんさんの方が配達してくれると、そのやりとりがなくてさっさと箱を開けられてしまっているのが残念でしたね。おじさんと同じで気さくな方でしたが、子供とそんなやりとりをしているのは知らされていなかったのでしょう。おじさんより息子さんの方には、ずっと人見知りを発動してしまっていた気がします。(今思うと申し訳ない)


引っ越しを機にその中華屋さんから出前を取ることはなくなってしまいましたが、人生初の出前の思い出はまだ私の中に濃く残っています。あの親子さん、元気かな。

母が肝心の中華屋さんの名前をど忘れしてしまって、当時の電話番号ももちろん記憶にないので、果たして今も経営されているのかは分かりません。

もし探し出せたら、また頼んでみたいですね。ただ、現在の住所は配達範囲には入っていない気はしますが……。(引っ越してから頼んでいないのは、たぶんそれが理由だろうし)

何はともあれ、もしお店が続いているなら、今日もどこかであの親子さんが元気に岡持ちを運んでいるといいなと思います。



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