5回目の0823【当日編】
前日編を読んでいない方は是非前日編からどうぞ。
5回目の0823 前日編『天使と悪魔』
あれから5年。
5年前のあの日。
5年前の日曜日は朝からよく晴れていた。
炎天下の中、会場に向かっていた。
前日の闘いは、接戦で天使が勝った。
天使に導かれる様に目黒駅に足を進めた。
会場の目黒区民センターへ。
会場の外は参加者で長蛇の列が出来ていた。
全国から集まった200名近い参加者。
そう。ここは第一回 全日本ダンス教育指導者 指導技術コンクールの会場。
アウェイがただでさえ苦手なのに、全員が強敵に見えてくる。
誰も知っている人がいない孤独に耐えながら炎天下の中受付開始を待っていた。
当日は、ダンスに関する筆記試験。
そしてダンスの実技披露。
まずはここまでの成績で半分くらいに振り分けられた気がする。
どうにかこの関門を突破して、ダンスの模擬授業披露へ。
ここを突破するとファイナリスト。
昨日の天使と悪魔との闘いで心は消耗していた。
だけど、着飾らずいつも通りのレッスンを披露することにした。
唯一いつもと違うのは、模擬授業なのでその場に生徒がいないくらい。
思い返せば、テーマパークダンサー6年を経て留学したニューヨーク。
これが今から12年前。
この時はまだダンス指導に関わっていない。
ニューヨークから日本への帰国日が近付いていた2009年の1月。
タイ🇹🇭のバンコクでダンスインストラクターを探しているニュースを見かけた。
タイならダイビングで行ったことあるし、親日家だしいいなぁって。
早速タイとコンタクトを取りまずは面接してもらうことに。
でも何故かニューヨーク帰国の当日に韓国へ。
韓国から帰国後も北海道でスノボするという破天荒なスケジュール。
ニューヨーク帰国の荷物が詰まっているスーツケースの中身をタイ仕様の夏服に変えて家を出たのが2009年3月5日。
このタイ🇹🇭こそがダンス指導の世界に足を踏み入れた最初のステップ。
タイでは気付けば1年住んでいたのがちょうど10年前。
この時はダンス指導の世界よりも自分は表舞台が好きだから表の世界に戻ろうと決意した2011年。
しかし何故かまたダンス指導の世界に引き戻されるのでした。
そんなダンス指導2ndステージから4年後の2015年。
ダンス指導の日本一を決める大会で闘っていた5年前の自分。
ファイナリストに残る奇跡。
ようやくエンジンが自分の中でかかり出したのがこの時。
最終審査は、現代的なリズムのダンスと民謡の融合。
曲は大好きな東京ヤクルトスワローズの東京音頭。
与えられた制限時間をきれいに使い切り、自分が話したいことを言い切った時にきれいに照明が消えた。
自分の中で制限時間は計算していたものの、完璧と言い切れる時間の使い方だったと思う。
バスケで言えば4Qのラストで逆転の3ポイントシュートが決まったと同時にブザーがなる様なそんな感覚。
そして全国第一位の金賞&文部科学大臣賞を受賞したのがちょうど5年前。
あれから沢山の人たちとダンスを通じて関わってきました。
そしてこれからも。
いつかあの5年前の自分にもう一度戦いを挑めるように....
日々自分自身との戦いです。
今まで関わってくれた人ありがとう。
そしてこれから出会うかもしれないあなたへ。
できない理由を探すよりも出来る可能性を楽しんでいきましょう。