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道案内

よく道を聞かれる。
それも日本人以外に。
ラッシュ時の電車の中で
有線のイヤホンをしていながら話かけられたこともある。
ただ英語は喋れない。
親しみにくい雰囲気もあると自覚している。
でもなぜか、道はよく聞かれる。


【東京】
寄り道をしつつ、ふらふら目的地に向かうつもりだった。
しばらくしてここがどこか分からなくなってしまった。
端っこに寄りGoogleマップを開いたその時、
視界の隅で二人組の異国人を捕らえた。
あのとき、確かに嫌な予感はした。

授業中、指名されたくない子供ように、
「この土地の人間ではありませんよ、私に聞いても答えられませんよ、むしろ私も道に迷っていますよ。」
というオーラを全開にしたのだが、
彼らはそれを超えてきた。
そして言った。

「エクスキューズミー」


老いてもいないが、若くもない男女だった。
男のほうが小さなメモを渡してくる。
そこには手書きで日本語の、とある住所が記されていた。
検索窓をそれに切り替えて
【ナビ開始】を押すと「徒歩2分」とでた。
画面を見せて「あそこ」と言えば終わり。
それでもよかったのだが、なにか広い背後のようなものを感じて、誘導を行った。

着いたものの彼らの顔が晴れない。
すると男の口が動いた。
続けて女のほうも何か言っている。
だが英語なので何を言っているのかさっぱり分からない。
本当に申し訳ないが、せめてゆっくり話してほしい。
わたしの周りにひらがなの「つ」みたいなのがいくつも見えたのかもしれない。
背中を向けられそうになったとき、
頭の中の引き出しを物凄い勢いで開け、
見つけたのが、Google翻訳だった。


「何をしに行きたいのですか?」と打ち込み
翻訳された画面を見せると、女がお祈りのポーズをした。
礼拝堂に行きたかったと分かり、
「この近く モスク」と検索した。
それらしきものが現在地から7分のところにある。
再び誘導開始。
先ほどもそうだったが、途中の会話は皆無である。
今回は7分。
さらには信号機が赤くなった。
いよいよ沈黙に耐えきれず、とりあえず微笑んでみた。
すると女の手に目が行った。
両手の甲いっぱいに花模様のタトゥーが施されていた。
活発な肌色によく似合う葡萄茶(えびちゃ)の線。
よく見せてもらいたくて手のほうを指差すと、
和かに両手を頬の近くに寄せ、元気よくこう言った。
「ハナ!」


いや、そこだけニホンゴ!
心の中でちゃんとツッコミを入れた。
でもきっと、彼女も和訳辞書を引いたのだろう。


礼拝堂は古い小さなビルの4階だった。
フロアマップを指差すと彼らは安心したのか
胸に手を当て深く息を吸いこんだ。

今度こそ当初の地に向かうため、
再び検索窓にカーソルを合わせる。

これを記している今、ふと疑問に思ったことがある。
あのメモを書いたのはだれだったのか。

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