HPV感染症の予防に関する私見
この記事で筆者が主張したいことは、
HPVの一部の型に感染すると、がんやイボなどの病気を引き起こすことがあるため、これらの感染を抑えたい。執筆時点(2020年8月)における現実的な選択肢として最も有効だと考えるのは、9価のHPVワクチンを適切な時期に接種することである。
です。
【はじめに】
ヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus)というウイルス(以下、HPV)があります。HPVには200種類以上の型があり、発見順に1、2、3・・・と番号がつけられています。これらのウイルスの一部の型には、がんの原因になることが分かっていて、高リスク型などと呼ばれています。また、尖圭コンジローマに代表されるイボなどの原因となる低リスク型も存在します。※中リスクという分類もありますが、ここでは割愛
HPVの「主な」感染経路は性行為によるもので、それ以外に垂直感染といって分娩時に感染する場合や、その他の経路も稀にあります。
HPVはありふれたウイルスで、性交渉の経験がある女性のうち50%~80%は、HPVに感染していると推計されています。性交渉を経験する年頃になれば、男女を問わず、多くの人々がHPVに感染します。
感染症の原因となるHPVに感染してもすぐに症状が出るわけではなく、9割ほどは自然に排出されます。しかし、感染が継続してしまうと、数年から数十年かけてがんに進行したり、数ヶ月かけて尖圭コンジローマを患うことがあります。
そんながんやイボの原因となるHPVですが、この記事では、
・感染症の原因となるHPV
・HPVの感染予防
・HPVワクチンの有効性と安全性
について私見を述べます。
「素人の私見なんか読めるか!」という方は、末尾に載せている参考情報の項だけでもどうぞ。
【感染症の原因となるHPV】
がんの原因となる高リスク型のHPVは15種類以上あると知られており、その内訳は【16.18.31.33.35.39.45.51.52.56.58.59.68.73.82】です。
中でも16型と18型は悪性度が高いです。16型・18型によるがんの発症が多く、感染後に速くがんになりやすいことが知られています。子宮頸がんの65%程度は、HPVの16型または18型で引き起こされます。
イボなどの原因となる低リスク型の中で、代表的なものが6型と11型です。これらは、尖圭コンジローマの原因となります。この疾病の原因のうち、6型と11型だけで約90%を占めます。
高リスク型のHPVが引き起こすがんには、子宮頸がんの他にも中咽頭がん、肛門がんなどがあります。少し長いですが、「米国国立がん研究所(NCI)ファクトシート」の情報を翻訳したサイトから引用します。
余談1:「HPVワクチン=子宮頸がんを予防する為のワクチン」と思われがちかもしれませんが、高リスク型のHPVは男女ともにがんを引き起こします。また、6型11型に代表される低リスク型のHPVによって引き起こされる尖圭コンジローマも、男女ともにかかる感染症です。
筆者の理解は、「HPVワクチン=HPVの感染を予防する為のワクチンであり、HPV関連がんなどを減少させることが期待できるもの」です。
余談2:厚生労働省のページやその他のウェブページで確認できる「子宮頸がん予防ワクチン」などの名称は、誤解を与える恐れがあるため、非常にまずいと考えています。
予防接種法上の用語は「ヒトパピローマウイルス感染症」であり(第二条2項十一)、その予防接種であることから、「HPVワクチン」という表記が適切だと考えています。当然、この記事では「HPVワクチン」表記で統一しました。
同じ厚生労働省のページで「HPVワクチン」という名称が使われており、表記の揺れから混乱を招きかねないと思います。
余談3:「ウィルス」ではなく、大文字の「イ」を使った「ウイルス」が正しい表記だそうです。
余談4:「がん」と「癌」の表記について。使い分けがあるそうなんですけど、よく知らないので「がん」で統一しました。そこは「癌」でしょ!という箇所があったらすみません。ちなみに、片仮名の「ガン」は使わないそうです。
余談5:「頸」と「頚」の違いについて。
正式な字は「頸」で、簡略化した字が「頚」だそうなので、どちらでも正解です。この記事では「頸」に統一しました。
【HPVの感染予防】
ここでは、HPVの「主な」感染経路である性行為などの性的接触について扱います。性的接触におけるHPV感染の予防策として、現実を度外視したものまで含めて思い付く限り列挙すると、
こんなところでしょうか。
1.はとても有効だと思いますが、多くの人にとって性的接触を完全に無くすことは現実的な選択肢ではないでしょう。むやみに多くの人と関係を持たないようにすることは、HPV感染に限らず性感染症の予防のためにも、念頭に置いていてもいいかもしれません。
2.は場合によっては有効な予防策になり得ると思います。しかし、HPV検査は基本的に女性が対象らしく、「男性のHPV検査は標準的な方法もなく感度もわるく難しい」とのことです。
したがって、男性側の感染の有無が分からない以上、多くの場合においてこの方法はアテにできません。検査をするにもお金がかかりますし、性行為をする度に事前にHPV検査をするとなると大変なことも多いでしょう。
3.はある程度有効だと思います。「性的活動を開始した女性において,パートナーが一貫してコンドームを使用することで,子宮頸部および外陰腟のHPV感染リスクが減少すると考えられる.」という研究があります。しかし、「HPVが外陰部や肛門など、コンドームでは守れないところにもいる」「手や指から感染することもある」と言われていたり、「コンドームやデンタル・ダムはHPV感染の可能性を減少できるとはいえ、完全に予防できません。」とも言われている通り、完全には防げないことが分かっているので、これだけでは不十分です。
もちろん、一般的なこととして、性感染症の予防にコンドームの使用は重要です。
4.は現実的な選択肢の中では最も有効だと思います。HPVワクチンが対応している型は、感染症を引き起こす型の中でもリスクが高いものをターゲットにしていて、詳しくは後述しますが、その有効性と安全性は様々な研究や調査によって確認されています。
HPVワクチンには3種類あって、対応している型の数によって、2価(16・18型)、4価(6・11・16・18型)、9価(6・11・16・18・31・33・45・52・58型)があります。
※2020年8月時点の日本においては、3種類とも承認されていますが、9価のHPVワクチンだけ定期接種が始まっていない状況です。
高リスク型HPV15種類のうち、ワクチンが対応している型は、最大で9価ワクチンの7種類までです。(6・11型は低リスク型)したがって、ワクチン接種だけでこれらのHPVの感染を100%防ぎきることができません。
HPVワクチンは、がんの原因となる高リスク型のHPVの中でも、特に悪性度の高い型のHPVの感染を予防する効果がある。対応する種類が多いワクチンほど利益が大きく、4価と9価ワクチンは、高リスク型に加えて尖圭コンジローマの原因となるHPVの感染を予防する効果がある。
と考えて良いと思います。
(サムネの図の元画像を掲載します)
なお、子宮頸がん検診については、この記事では触れません。一つ言えることは、一次予防のワクチン接種と二次予防の検診を両方とも適切な時期に行うことが、子宮頸がんの予防に有効である、ということです。
【HPVワクチンの有効性と安全性】
まずHPVワクチンの「有効性」とは、どのようなものか説明します。
HPVワクチンが対応している型について、「そのHPV感染をどれだけ減少させる効果があるのか」を見ます。
ここでは2価ワクチン(16・18型)の有効性を評価した例を紹介します。
ワクチンの有効性が約94%であることが示されています。
なぜ初交(性経験)前にHPVワクチン接種すると効果的なのか?
HPVワクチンは、新規のHPV感染に対して有効であり、既に感染している場合にウイルスを排除する効果や、がんを治療する効果は無いと考えられている為です。
再び、「米国国立がん研究所(NCI)ファクトシート」の情報を翻訳したサイトから引用します。
ちなみに、日本で定期接種の対象年齢が12歳~16歳相当に設定されているのは、性的活動が高まる前にHPVの新規感染を防ぐ目的があるためです。
HPVワクチンの効果が持続する期間はどれくらいでしょうか。
厚労省の資料によると、確認できている分だけで「サーバリックス:1 回目接種後最長9.4年間」、シミュレーションでは「20~30年間に渡る抗体価の持続が推定されている」ということでした。
実際にHPV関連がんは減少しているのでしょうか。
日本産科婦人科学会が公表しているフィンランドにおける研究によると、
とのことで、ワクチン接種群でHPV関連がんが減少していることが分かります。
日本においてHPV関連がんの減少効果を報告しているデータについて、筆者は見つけることができませんでした。ところが、代表的なHPV関連がんである子宮頸がんについて、子宮頸がんの前段階である子宮頸部前がん病変の減少効果は確認されています。
【高リスク型HPVの持続感染→前がん病変→浸潤がん(子宮頸がん)】という順に進行することが分かっているため、前がん病変の減少により、子宮頸がんの減少が確実にあると言えます。
さて、HPVワクチンの安全性(危険性)について述べます。
その前に用語について触れておきます。
余談6:「副作用」と「副反応」と「有害事象」について。
日本小児科学会の資料には次のように書かれています。
要約:「副作用」と「副反応」は、主作用とは別の作用や反応のことで、ワクチンの場合は「副反応」を使う。
「有害事象」は、薬やワクチンなどとの因果関係を問わず、薬やワクチンを使用した後に起こった体の不利益な現象のすべてをいう。
この記事では、「副反応」と「有害事象」を上記の意味で区別して使います。「副反応疑い」は、「有害事象の内、ワクチン接種との因果関係が否定しきれないもの」という意味で使います。
本題に移ります。
ワクチンの副反応は、一般にどのワクチンでも一定程度起きてしまいます。HPVワクチンも例外ではありません。ワクチンで起こるものとして有名で、因果関係を推定しやすく、重い副反応としてはアナフィラキシー(・ショック)、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、小脳失調症、ギラン・バレー症候群などがあります。
厚生労働省の「子宮頸がん予防ワクチンQ&A」というページ内に「Q18.子宮頸がん予防ワクチン接種後に副反応はありますか?」という項目があり、報告頻度の数字が記載されています。
この数字を信じたとしても重篤な副反応は稀だということが分かりますが、「接種との因果関係を問わず報告を収集」としていて、さらに「ワクチンとの関係が否定できないとされた報告頻度」と注釈がある通り、これは、副反応と副反応疑いを含む数字ではないかと筆者は読んでいます。
また、日本では、HPVワクチン接種後に「多様な症状」が出ているとして、副反応ではないか、または、薬害ではないかと疑われています。
これについて、名古屋市が2015年に調査をしました。約7万人を対象に約3万人から回答を得たもので、大規模な調査になりました。24種類の「多様な症状」の頻度がHPVワクチンを接種した女子と接種しなかった女子で有意な差がなかったことが示されました。HPVワクチン接種と24症状の因果関係は証明されなかったということになります。
また、いわゆる「名古屋スタディ」と呼ばれる英語の論文にもなっています。(No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study)
論文のタイトルをDeepL翻訳で訳すと、「日本人若年女性におけるHPVワクチンと報告されたワクチン接種後の症状との関連性は認められなかった。名古屋研究の結果」です。
重篤な副反応は稀であり、ワクチン一般に一定程度起こるものであることと、「多様な症状」を疑われた件に関しては、因果関係が証明されなかったことから、現在の知見を総合すると、HPVワクチンの安全性は十分にあるものだと言えます。
【参考情報】
http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4
http://www.jsog.or.jp/uploads/files/jsogpolicy/HPV_Q%26A.pdf
http://www.jsog.or.jp/uploads/files/jsogpolicy/HPV_Part1_3.1.pdf
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/hpv_2011.pdf
https://www.niid.go.jp/niid/ja/component/content/article/392-encyclopedia/428-condyloma-intro.html
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_04hukuhannou.yuugaijisyou.pdf
https://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000bx23-att/2r9852000000byb3.pdf
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_shikyukeigan_vaccine.html
http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000088972.html
http://jssti.umin.jp/pdf/guideline-2016.pdf
https://www.cancerit.jp/1035.html
https://www.buzzfeed.com/jp/soutaromine/hpvv-mine-1
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https://www.y-cn.jp/std/condyloma.html
https://www.nejm.jp/abstract/vol354.p2645
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405852117300708
http://www.shikyukeigan-yobo.jp/q_a/02.xhtm
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=323AC0000000068
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