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いちひいて。

四十一.いちひいて。

雪がしんと落下する白い世界だけがあった。
乳白色に包まれ、柔らかな存在でいられるようでいて、雪はどこまでも冷たく私を私でいさせた。真っ白な雪の世界に存在する私という圧倒的な白々しさ。
誰もおらず、雪の刺す白さに目は痛み、陽は遮られ、まるで停止した空白の時間だけが一直線に垂直に存している。
凛冽な空気が私の存在に纒いつき、そのまま私は雪と空気とのあわいに溶け消ええ入りそうに思われた。
むこうの林では木々が震えることなく雪に抱きすくめられている。脅迫とも呼べる大いなる力で。

雪はあった。そこでは雪だけが呼吸をし、この世の生命すべてが息を必死で止めていた。
そして私一人であった。たったのちっぽけな私が雪にとりこまれることなく、やはり雪に混じって舞うことも溶けいることもなく雪とともに存在していた。
踏み固められた痕のないまっさらな雪は、手のひらにのせると、まるで水からあげられた魚が呼吸できず息絶えるように私の手のうえで絶命した。 
生きていたはずの雪に精気が失せると、そこにはただの無ではなく悲哀の溶けたあとが見られた。
いずれ死ぬるとしたら私とて変わらぬ存在であるのに、何をもってして雪に無常をひどく抱くのか。 私の勝手な観念である。

しかし一片の雪が溶けて存在が掻き消えようと、雪は空から無数に生まれ、私の孤独感は皆無であった。雪に埋まる足元、瞼を濡らす雪、髪の毛一本一本に絡む雪、視界のむこう裏側まですべてが雪であり、なぜ私が雪でないのかもはや分からなかった。
私の浄らかでない証なのであろう、私が雪ではないということは。

暗い夜がすべてを圧しこめてしまうと、雪は姿を闇と同化させる。
私は黙らせられる。しかしいかに密度の濃い闇であろうと、私の輪郭は薄ぼんやりと視界にとらえられる。
なぜ雪はいとも容易く消えられてしまうのだろう。白は搔き消されえぬというのに。  
音が黙る。世界は沈黙する。沈む、胸の鼓動が副交感神経が優位にたったときのように、凪ぐ。五官が鈍ったように世界が遠くなる、わたしの内側が閉塞していく、しかし雪はある。雪がある。
これ以上、進めない。いまだそこまで到達できぬ私の精神は、踵を返した。
あそこへいけば彼女たちに会えるのだろう。
凍った精神を知っている。透けるように冷たい肌、進まない針、歩かない二本足、私が手放せなかったもの。

足を浸した雪が、真っ白だった雪が、私を汚した。

<了>



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Akiller
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