参考にならないHow to★作詞家になるには[4]


居た堪れない空気の中
「じゃぁ…スタジオでも見てくか」
と言って社長が席を立ったので、私も慌てて席を立った。
つい5分前に社長の後について入ってきたばかりの扉を通り、上ってきたばかりの外階段を下りた。

そして社長は1階の駐車場の奥にある、大きな扉のレバーに手をかけた。
開けてみると40cm、50cmも幅がありそうな鉄製の分厚い扉。
「おお!レコーディングスタジオっぽい!!これこれ!イメージある!」
私の胸は急激に高鳴ったけれど、すぐ急激に降下した。
前述したように、見ようと思っていたわけではないけれど何故か遠い昔に誰もが見た、艶々とした木の趣があるようなだだっ広い部屋で大物歌手が歌っていたり、ガラスのこちらの広いソファのあるで談笑したりしているような映像でしか私はレコーディングスタジオというものを知らなかった。

しかし初めて見た今目の前にあるスタジオは、歌う人が入るのであろうガラスの向こうのブースは人がようやく1人立てる程度、録音機材があるガラスのこちら側には小さなソファがあり、そこに人が3人も座ればもう身動きが取れないような小さなレコーディングスタジオだった。
その部屋の角という角には段ボールから溢れ出す紙やCDが山積みになっているので余計に狭い。

「ちっさ!!!」
かろうじて喉から上に出すのは食い止めたけれど、私の心の絶叫は私の喉から下の指先からつま先までの体中に響き渡った。

「あ!お姉さん!」
けれど小さなスタジオの小さなソファにあの日のカップルの彼氏の子がいて、小さなレコーディングスタジオの衝撃は幸いにも再会の喜びに大部分かき消された。
「おぉー!久しぶり!本当に来ちゃった!」
私もようやく緊張が解けて少し話をしていると社長がボソボソと
「あぁ、そうだ、あれを聞かせてやろ、取ってこよ」
などと言いながら2階の会社へと戻って行った。

社長がいなくなった隙を見て
「あのさぁ、さっき上で、履歴書はって言われたのよ…
私持ってきてないんだけど…」
と言うと男の子はケラケラと笑いながら
「マジで!ウケる!社長、雇う気満々じゃん!
俺もそんな感じで雇われたけど、社長気に入ったらすぐ雇っちゃうから!」
と言ったので、私はそんなに重大な過ちをおかした訳ではなさそうだと少し安心した。

社長はすぐに1枚のCDを持って戻ってきた。
「おう、これなぁ、何歳が歌ってるか当ててみなぁ」
と何やらニヤニヤと嬉しそうにそう言いながら、大音量で1曲の音楽をかけて私に聞かせた。

「おお、なんか音楽業界っぽい」
音楽が鳴り響くと、小さなレコーディングスタジオがなんだかとても厳かな場所に見えてきた。
なるほど、スタジオというのは音楽が鳴っているのが真の姿なのか。
そんな経験はないけれど、シェアハウスで一緒に暮らしていてボサボサな姿しか見たことがなかった相手が実はサンバダンサーで、踊る姿を初めて見た時くらいにスタジオの印象が違って見えた。

大きなスピーカーから爆音で流れてきたのは、壮大な印象のメロディ。古語のような独特な歌詞に、伸びやかでパワフルな女性の歌声。
何歳が歌ってるか当ててみな、と言われて流されたので私は年齢を想像しながら聞いた。
19歳の私よりも年上には感じるけど、声の張りからはまだまだ若々しさが感じられる。

「う~ん…どうでしょう。20代後半…28歳とかですかね」
曲が終わって私がそう答えると、社長は私と出会ってから一番嬉しそうに、ニタッと笑った。

「あのね、13歳。中学1年生」

「え…!!」

履歴書やスタジオの衝撃を一挙に吹き飛ばす衝撃だった。
それが後に私が初めてメジャー曲で歌詞を提供することになる、林明日香の歌声を初めて聞いた日だった。
彼女はこの日からわずか1年半後に14歳で「劇場版ポケットモンスター/アドバンスジェネレーション 七夜の願い星 ジラーチ」の主題歌「小さきもの」を。
そしてその14年後には「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」の主題歌「オラシオンのテーマ ~共に歩こう~」を歌うことになるのである。

この時に私が聞いた曲は、数か月後に13歳で日中韓同時デビューを果たす彼女のデビュー曲、レコーディングしたばかりの「ake-kaze」であった。

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