参考にならないHow to★作詞家になるには[9]
「あこさ~ん、朝ですよ~、明日香もう朝ご飯食べんと学校遅れるよ~」
そんな明日香の声で飛び起きて、慌ててトーストを焼く。
焼いている間に目玉焼きを焼いて、焼きあがったトーストにバターをたっぷり塗って上に目玉焼きを乗せて包丁で4等分に切る。
「明日香、パズートーストできたよ!食べな!」
「やったー!パズートースト!」
とろとろの黄身にパンをつけて、明日香が嬉しそうに食べる。
そんな明日香と私の期間限定の2人暮らしはとても楽しかった。
学校から帰った明日香が「聞いてみたいCDがあんねん」と言えば自転車の後ろに乗せて、一緒にTUTAYAへ行った。
明日香の生活費が経費なのを良いことに、サンドウィッチを作るときは一番高いハムとチーズを買って作り一緒に食べた。
本当にしっかりとした良い子で、思春期真っただ中なのに夜更かしをしたり反抗したり部屋を散らかしたりすることもなかった。
よく遊び、よく寝、よく食べるしっかりした普通の中学1年生であったが、お風呂上がりの鼻歌だけはこちらが聞き入ってしまうほどに美しかった。
あっという間に2週間が過ぎた。
明日香の転校の手続きなどが順調に進み私達の同居生活は終わり、私は明日香専属の現場付きマネージャーとして大阪と東京を行き来する忙しい生活が始まった。
大阪から学校終わりに東京に来るような日にも
「皆、明日香のために頑張ってくれてはるんやもんな」
と感謝を忘れず動く姿に、一緒に時を過ごすほど愛しさは増して行き、年齢とは関係なく私は彼女を尊敬していった。
さらに彼女について回る中で、私が一度見てみたいと思っていた物凄く大きなレコーディングスタジオにも何度も出入りすることができた。
最高の音響の中で日本屈指のミュージシャン達の生演奏を、何度もその迫力で私の髪が揺れるほどに近くで聞いた。
テレビの収録に付き添えば、私が子供の頃からその声を聞いていたようなたくさんの素晴らしい歌手のリハーサル風景にも立ち会うことができた。
そしていつでも、つい数分前まで私のすぐ隣にいた明日香が、その小さな体で大きな舞台の真ん中に立ち、その場にいるたくさんの人を感動させる姿を何度も見た。
「空気を振動させるだけのもの」
私はかつて音楽をそのように思っていたが、音楽は奏でる人の想いを運び、聞く人の心を振動させるものであると知った。
「音楽が好きだとか嫌いだとか思ったことがない」
そう言っていた私はいつの間にか音楽というものの測り知れない壮大な存在を体感することの、中毒にさえなっていた。