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(前)線路は続くよどこまでも 『始発駅は写真展』


2021年4月29日〜5月5日 
川名マッキー写真展『破壊と創造』は
無事終了しました。
今回は写真展までの道のりを記します。
前編です(笑)


ここから始まった

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オット:マッキーが脳出血で倒れ数週間が経った頃、マッキーの仕事仲間である渡邊桃伯子氏より連絡があった。

「今、有志10人程でマッキーさんに何ができるか思案中です。8月になったら章子さんにお会い出来ればと思います。」

そして8月7日夕方、山手の『此のみち』に招かれた。今回の写真展の会場となった場所だ。梅澤シェフ、シェフ夫人、マダム、桃伯子さん(写真左より)が揃って迎えてくれ、美味しい食事とワインをご馳走してくれた。

おいしかったな〜♪

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マッキーのことだけでなく、私の体のことも心配してくれている事が伝わり、ありがたかった。そして、その場で有志の皆さんからのお見舞いをいただき、連なった名前を見て思わず涙がこみ上げてきそうになったのを堪えていると。。。

梅澤シェフから
「マッキーさんの復活の一段目としてここで写真展を開きましょう!!建物の中、庭、どこでも写真を飾って下さい!全面的に協力します!」

込み上げてくる気持ちを堪えきれず、泣いてしまった。。。

真っ暗闇の足下にレールが薄っすら見えて、
遥か遠くだけれど微かな灯りが見えた気がして、
とても嬉しかった。


野をこえ 山こえ 谷こえて

写真展の話をいただいた8月7日は、奇しくも私たちの結婚記念日。
私は早速、マッキーにメールでその事を伝えた。

きっと喜んでくれるぞ!励みにしてリハビリ頑張ってくれるぞ!結婚記念日のお祝いだw!きっと何かが変わるぞー!!

浮かれていた。
しかし、マッキーは。。。


『ありがたい。でも、無理だと思う...』と。


マッキーの返事で、ツマは一瞬で現実に引き戻された。
足下に引かれたレールを頼りに発車しようとした汽車に、オットは乗ってはくれなかった。

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オットは写真を撮る時、取り繕う習性がある。

そうだ…マッキーがそう考えるのは無理もない。8月7日の時点ではカメラマンに戻れるとは誰も(オット、ツマ、病院スタッフ)思ってなかったんだ。
リハビリの目標は『社会復帰』ではなく、あくまでも『日常生活に戻る』こと。
それは診断・面談を経ての、正式にカルテに書かれた共通認識項目だった。

〝もうカメラマンに戻るのは諦めてください〟と言われたのも同じ事だった。

現実に戻ったツマは、『やろうよ!!きっと出来るよ!!』とは言えなくなり、これ以降写真展の話は出来なくなってしまった。


0ゼロから1イチを生み出すのは自分の中の「本当」

そんなマッキーが8月の終わりに『カメラを持ってきてほしい』と言ってきた。

きっかけは、部屋替え(長い旅の途中参照)と、
ある事件(ツマ病院に鬼発動w)だったようだ。

マッキーは『ただカメラを触ってみたかった』と言っていたけれど、うまく喋れない自分を何とか知ってもらいたい!写真を撮ってみんなに見せてコミュニケーションを取りたい!という気持ちからの行動だったのではないかな、と思った。

9月14日 病院で撮った最初の一枚

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やはりマッキーは人との関わりが好きなのだ。それは昔も今も、病気の前も後も変わっていない。これがマッキーの芯の部分〝本当〟なのだとツマは確信し、
それがわかったんだから、それでいい、ただ撮ればいい、と思った。
だからその後も写真展の事をマッキーと話す事はなかった。


9月14日が撮影再開日。

マッキーはツマの知らないところで『破壊』『再生』の作品を撮りためていた。

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マッキーは9月から写真展の事を十分意識して撮影を続けていた。
ツマがそれを知るのは12月の退院日を決める面談の時だった。


つづく


※トップ画像撮影  Mitsuoki Higashino







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