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僕はグラフィックデザイナーだった。
【マッキーからのメッセージ -12-】
9月下旬、一通のメールが届いた。以前一緒に仕事をした事のあるフラワーデザイナーの方からだった。
「お加減いかがですか? 昨年に続き三溪園の菊花展で展示をすることになりました。無理を承知で相談があるのですが、今年もチラシを配りたいと思っています。もし作っていただく事が可能であれば、お願いしたいと思っています」
え?
入院してる俺に?
右手が使えないのに?
ふざけているのか?
パソコンは手元にあるけど、ほとんど起動していないし、倒れてからAdobeのサブスクリプションを解除してしまっている。デザイン系のアプリが全てつかえない。
それらの理由を並べて、「残念だけど、アプリが使えない。デザイン作業は左手では難しい。マウスも無いし。それに僕のモチベーションも欠けたまま。ごめんなさい」とお断りした。
残念そうに「そうですか…わかりました」という返事がきた。
「私が依頼したチラシ、失敗してもいいから練習がわりに作るのも良いと思ったのです。リハビリになるかな、とも思ったのだけど…余計なことしてすみません」と。
それから4〜5日経った日、あのメールの事を考えていた。気になっていた。頭の中で、もし実現させるにはどうしたらいいだろうか、あれこれ考えていた。
サブスクリプション契約を解除してしまったAdobeのアプリは月額6000円。無職無収入となってしまった身にとっては、再契約はちょっと負担が大きい。一方でフォトグラファープランというものが月額980円で出ている。フォトショップとライトルームがつかえる。イラストレーターが無いのは辛いけど。
マウスがないのはどうにでもなる。
残るはモチベーション。上手く左手だけで操作できるだろうか。フォトショップの使い方を覚えているだろうか。
そんな事を考えていた。
最初のメールを送ってくれた時、彼女はどういう気持ちだったろう?
「断られるかも知れない。でもリハビリの役に立つかもしれない」そんなことを考えながら、きっと勇気を出して送ってくれたに違いない。その結果が「余計なことしてすみません」という彼女の台詞。最悪だ。情けなかった。
ずっとその事を考えていて、いちばん最後に残るモチベーションにわずかに火が灯った。そして彼女にもう一度返事を送った。
「よく考えたんたけど、やっぱり先日の話し、お引き受けしようと思います。できるかどうかわからないけど、僕にとってチャレンジです。それでもよければ」
早速、机にMacBook Airをならべた。Adobeのフォトグラファープランを契約して準備は整えた。麻痺している右足は痺れて集中できないし、右手はまだ何もできないけど、無理やり机の上に載せてパソコンのホールドをさせている。
よし、やってやろうじゃないか!
イラストレーターがフォトショップに変わったけど、似たようなことは作業できる。でも、操作はかなり忘れてしまっていた。やはり倒れた影響が大きかったのか、少しずつ思い出しながら進めていった。左手だけでの作業は失敗ばかりで、想像通りに手こずった。
写真は昨年の三渓園で僕が撮ったものを使った。一年前を懐かしく思い出す。
不思議なもので、デザインしている時は夢中になれた。いつの間にか麻痺のことを忘れていた。パソコンに何時間でも食らいついた。
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できた!
時間がかかった。比較的シンプルなデザインではあるけど、ようやく出来上がったものを見て、自然に涙が滲んできた。純粋に「嬉しい」気持ちが込み上げてきたのだ。写真以前にデザイン作業が好きだった事を、改めて気付かせてくれた。
消え去っていた僕のモチベーションを高めてくれて本当に感謝している。やれば出来るんだ。現実から逃げていたその事を思い出させてくれた、素晴らしい経験だった。
ありがとうござます。
10月10日