ニル・アドミラリの天秤 尾崎隼人攻略感想

※個人の感想ですよ

ニルアド攻略6人目は尾崎隼人。
彼のルートは、前の5人を攻略してからでないと開かない。乙女ゲームには「お前も攻略対象やったんか?!」という隠しキャラがいる場合が多いし、そういうキャラには大体攻略制限がかかっている。だが尾崎はパケ絵を見る限り中央に鎮座しており、どのルートにも最初から登場する。隠しキャラどころかどう考えてもメインヒーローの扱いである。にも関わらず、攻略制限がかかっているのだ(その理由はラストでわかる)。
つまり彼には特別感がある。
顔がいいのはもちろんのこと、尾崎はフレンドリーで面倒見もいい。コミュ力が高いので冗談混じりにツグミをからかってきたりはするが、汀のように「一歩間違わなくても貴様のそれはセクハラ」という言動ではない。スカッと爽やかで運動もできる。
もしこれが学園物なら、少しばかり着崩した制服にスニーカーで登校してくるかっこいい先輩、というようなキャラだ。情熱的だが、かといって熱血バカというわけでもなく頭もいい。
髪型だけは「自分で散髪したら失敗して不揃いになった」みたいな感じだが、それ以外はほとんど完璧なのが尾崎である。
尾崎が自分の性癖とは異なるというプレイヤーでも、彼の事が「嫌い」という人はあんまりいないのではないだろうか。もしかしたら「その胸のはだけ具合が気に食わねえ」という人はいるかもしれないが。

尾崎には鵜飼のように最初は冷たいとか、鴻上のように何を考えてるかわからないとかそんな分かりづらさは微塵もなく、ルートも最初から順風満帆に進む。
何しろルートに入ってすぐに告白されるのだ。
それも、ネオロマンスならこれでエンディングを迎えていいほど真摯な告白である。といっても尾崎は、フクロウ入隊一週間目のツグミにいきなり惚れたわけではない。実は、ヒタキの事件が起きる前に公園のベンチで本を読むツグミに一目惚れしており、声をかけたいとずっと思っていたのだという。
他のルートをやっていた時に攻略キャラといい雰囲気になると、決まって尾崎がちょっと微妙な表情で間に入るシーンがある。彼は面倒見がいいからツグミが心配なのかな、と少し不思議に思ったのだが、その理由がここでようやく明かされたわけだ。
突然告白されて戸惑うツグミだが、告白前からフクロウの中では尾崎が一番話しやすいと思っていたのは間違いない。どのルートでも、ツグミは好意を示されると即座に男を意識するわりと惚れっぽいタイプなのだが、尾崎に対しては特にその傾向が強かった。
前述したようにほとんど完璧な男からの告白であるから無理のない話である。しかも尾崎の妹は稀モノを読んだことで自殺している。同じく稀モノによって自殺未遂を起こした弟を持つツグミは、稀モノへの思いを尾崎と共有できるのだ。
二人は自分たちの弟妹のような人をもう出したくないと任務に邁進するのだが、その間ツグミは尾崎からの告白の返事を保留している。自分の事を確実に好きな男からの熱視線を浴びながら、言葉は悪いが彼を焦らしている状態のツグミ。私も「やぶさかではない」という顔で画面を眺めていた。
尾崎はビリヤードの腕を披露したり、時々ツグミの言動に「惚れ直した」的なことを言ったり、ちらりとヤキモチを焼いてみたりと、とにかく隙がない。
他のキャラの場合は親しくなるにつれて「彼って意外と優しい」「意外と可愛い」「意外とちゃんとしている(←紫鶴)」などのギャップが見えて、そこにときめくのだが、尾崎にはそういうギャップが無い。
無いから悪いのではなく、尾崎の場合はギャップなど無くていい。むしろこれで下手に「実はドS」などというギャップが加わったら台無しになる。
尾崎は陽性かつ光属性のまま、プレイヤーがときめく要素をふんだんに盛り込んだキャラだと思う。

このように尾崎ルートの恋愛面は特にこじれることもなく順調にいくのだが、事件面のスパイスとして登場するのが隠由鷹。
隠にはツグミと同じく稀モノを見分ける能力があり、フクロウの研究部に所属している。所属こそ違うが尾崎ともツグミとも同僚の間柄である。
学者肌でいかにも人付き合いが苦手そうなキャラなのだが、一時期ツグミの家に書生として居候していたためツグミとは親しい。
隠は、ツグミにとっては幼い頃に家にいたお兄さんみたいな存在である。しかし、ツグミは少しずつ隠の様子がおかしいことに気づき始めるのだ。
隠は、ツグミがせっかく見つけた稀モノを燃やしたり、「稀モノを読んだせいで自殺者が出ていても、その作者は罰を受けない。その事をどう思うか」と問答をふっかけたり、炎を見ると異常に興奮したりする。
特に炎。
ランプを倒して危うく研究室が火事になりかけた時、隠はめちゃくちゃハァハァする。それは「こいつは今、火を見ながら勃起してるのでは…?」と疑うような反応であり、ツグミを慄かせる一因になる。

重要な稀モノは隠に燃やされてしまったが、色々と調べていくうちに、フクロウの近辺で数年前から何件か起きている焼身自殺者(未遂も含む)が全て赤いアウラを纏う稀モノを手にしていたことがわかってくる(といってもその赤いアウラはツグミと隠にしか見えないのだが)。
尾崎の妹も、フクロウのトップ朱鷺宮の夫も実は焼身自殺なのだ。そしてツグミの弟ヒタキに加えて、稀モノを調査していた記者には直接稀モノが送りつけられ、彼もまた焼身自殺を図る。あまりにも多い火による事件とそこにちらつく稀モノの影。帝都の人民はそれを「炎の怪人」と呼んで怯えるようになる。
現場に残された稀モノを比べてみると、やはり同じ赤いアウラを持つ稀モノ。それにペンネームこそ違うが筆跡は同じ。それもわざと筆跡を誤魔化した形跡がある。つまり、同一人物がわざわざペンネームと筆跡を変えて稀モノを書いているということだ。ではなぜそんな細工をするのかといえば、その作者は自分が書いた本の効力を知っているからだ。自覚がないならそんなことはしない。故意に人を害していて、その自覚があるからバレないように裏工作をしたのだ。
つまり赤い稀モノの作家は、自分の書いた本が普通の本とは違うと理解していることになる。読んでしまったらその人がどうなるのか分かっていて自分の作品を読ませているのだということがわかる。
しかし普通、稀モノの作者は自分が稀モノを生み出したことに気付かない。なぜなら普通の本と稀モノを区別するアウラは、それを書いた本人にも見えないからだ。稀モノを稀モノとわかった上で人に渡す事ができるのは、アウラが見える人間だけだ。
赤い稀モノを書いた作者は故意にそれを使って人を自殺に追い込んでいる。ということは、その作者には自分が書いた本が稀モノだとわかっている、アウラが見えているという事になる。
そして、ツグミ以外にアウラが見える人間は一人だけである。
じっちゃんの名にかけなくても謎は全て解けた。
隠、犯人はお前だ!!
とプレイヤー全員が思っただろう。
プレイヤーどころか、表立っては言わないがフクロウみんなが「一連の焼身自殺事件はどう考えても隠が怪しい」と思い始めている。
そしてついに百舌山教授(稀モノの研究者。悪者)までが焼死。他のルートではラスボス(四木沼)の手下として登場する百舌山が、ここであっさり消されてしまったわけだ。
百舌山の家からは詳細な日記が見つかり、死ぬ前に隠と会っていたことがわかる。また他にも有力な物証が見つかり、警察は隠に百舌山殺害の容疑をかける。
他のルートでの警察は「稀モノなんてほんとに存在するのかよ」というフクロウそのものへの軽侮を表すことが多かったが、尾崎ルートでは協力的だ。
フクロウと警察、それから「炎の怪人(赤い稀モノを書いてばらまいている犯人)」の記事を書いた新聞社、それを読んだ市民、全てが団結してこの「一連の焼身自殺事件」を食い止めようという流れになるのがとてもよい。
百舌山が死んだことによる家宅捜索の結果、稀モノ研究の証拠やナハティガルとの繋がりも見えてきて、そちらも上手く解決しそうな雲行きである。
その後、ヤケクソになった(としか言いようがない)隠が、ヒタキを人質にツグミを呼び出して二人に油をぶっかけ、事件を起こした動機を語る。
動機というか、要は「自分は火が燃えるのを見るのが好きだし、そこに人体が加わったらマスト。だからやった、後悔はしていない」みたいな話だった。
ツグミは尾崎のアドバイス通り隠の足にナイフをぶっ刺してヒタキを連れて逃げ、そこになだれ込んできた警察と尾崎たちによって隠は現行犯逮捕される。
ちなみにバッドエンドでは、尾崎たちが来る前にマッチで火をつけられ大やけど。二度とツグミは意識が戻らないんじゃないかな、みたいな終わりを迎えた。

ハピエンルートでは、四木沼率いるナハティガル、マッドサイエンティスト百舌山、それから故意に稀モノを作ってばら撒いた隠、彼らが全部裁かれ、稀モノの恐ろしさは新聞によって正しく世間に知られるようになる。フクロウの認知度は増し、きっと仕事もやりやすくなるだろう。そうなればカグツチの出番はない。
帝都の不穏な伏線は、尾崎ルートできちんと回収されていく。
さらに、ラスト。パーティーの席で尾崎は自分の「正体」を明かす。
自分はツグミの元見合い相手、八代隼人である、と。財閥である八代の名に頼らず生きてみたいと「尾崎」という姓を名乗っていたのだという。
一度は見合いを断られたが今度は求婚を受けてほしいと、尾崎はみんなの前でツグミにプロポーズするのである。
ツグミの見合い相手については、他のルートではそれほど重要視されていない。しかし、困窮したツグミの実家が資金援助目的でツグミの見合いをすすめ、そこから全てが始まったのだ。ヒタキの自殺未遂とツグミの就職で有耶無耶になった見合いだが、意外と重要な要素なのである。
それにエンディング後、ツグミの家の財政問題を解決してくれる保証のある男は尾崎の他にいない。少なくともその問題がはっきり解決された描写はなかった。
何となく財政的に救ってもらえそうだなと思えたのは鵜飼と汀のルートだが、鵜飼はまだ学生だし汀は自由業なので尾崎に比べたら心もとない。他のルートでは「ツグミの実家はどうなったんだよ」と思わないでもなかったのだ。しかし、尾崎ルートでは完璧な形で財政的に救われる。
そう考えるとニルアドの共通ルートそのものが、尾崎ルートの伏線のようなものだ。
ずっと自分を好きでいてくれて、ともに危機を乗り越え好きになった相手が実は元見合い相手(資産家)だった。
恋愛としてこれ以上のハッピーエンドはなかなかないのではないだろうか。

また、ニルアドの攻略キャラは「実はカグツチ」とか「実は裏切り者」とか、とにかく何らかの「裏」を持っている者が多い。
そしてその「裏」は、知ったらマイナスになる面やどんよりしてしまう暗い生い立ちばかりだ。だが尾崎の場合は違う。彼が隠していた「裏」の部分は、フクロウ入隊前からツグミに密かに思いを寄せていたこと。そしてツグミの見合い相手だった事である。
どれも知ったら嬉しい驚きを感じるだけでマイナスにはならないし、どんよりもしない。
尾崎の妹の死にしても「裏」というほどではないし、稀モノの被害者を身内に持った二人の共通点という面が押し出されているので、マイナスではないだろう。
どんよりした生い立ちや秘密を抱えたキャラじゃないと萌えないという人もいるだろうが、なんだかんだ言っても尾崎ルートみたいな「彼こそ実は王子様だったのです」という展開は古より伝わる鉄板の幸せストーリーである。

また、このルートではツグミの親友小瑠璃の恋の行方が描かれており、二人の恋バナまで楽しめる。「男の人は胸が大きい方が好きらしいからストレッチしよう」みたいなノリからの「俺は胸の大きさなんて気にしない」という尾崎とのシーンまでのコメディっぽい流れは、小瑠璃がいたからこそだ。
ちなみにそれは尾崎と初めてセックスするシーンで、ツグミが裸を見せることを恥ずかしがる理由になっている。

おっと、うっかり忘れるところだったぜ。尾崎のセックスシーンの感想を。
普通だった。
ただし、それは悪い意味ではない(普通であることがイマイチだったのは鷺澤だけ)。むしろ、普通で良かった。
なぜなら、尾崎はルート序盤でツグミに真剣告白をして返事待ちの状態だったからだ。炎の怪人(隠)騒ぎで、自分の大切な人がいつ燃やされるかわかったもんじゃないと気づいたツグミが「あなたのことが好き」と自分から告白するのだ。
ずーっと好きだった女の子からの告白に舞い上がった尾崎が辛抱たまらん状態になり、その場で即座にキメたのが尾崎との初体験のあらましである。
「ずっとこうしたかった」みたいな流れだが、前述したような胸の大きさ云々のコメディっぽい会話もあり、ツグミが幼い頃に怪我したときの太ももの傷を見せる見せないのやりとりもあり、尾崎とのセックスシーンはほどよくエロく悲壮感もなかった。さらに、尾崎の適度ながっつきぶりが良かった。
何というか、「お前マジで気持ちよさそうやな…」と思った。
翌日、尾崎と二人きりになったときに浴室の脱衣所に連れ込まれておそらく2回目をするのだが、尾崎の言葉を直訳すると「昼間の仕事中もエロいことで頭がパンパンだった」となる(直訳しすぎた)。
だが、それに対しても私は「貴様にはエロしかないのか!がっかりだ!」などとは思わなかった。むしろ、
大変やったな…。疲れたやろ?うちのツグミでよければ抱いてやって。
みたいな、彼を応援したい気持ちになり、がっつきぶりを微笑ましく感じた。多分「ずっと好きだった女の子に告白されて舞い上がる尾崎」に好ましさを感じたからだろうと思う。
乙女ゲームで「ずっと前から好きだった」はそれほどまでに強いのだ(誠実という意味で)。
この事前告白と、元見合い相手というカミングアウトのおかげで、隠という強力なキャラが出てきても尾崎の存在が霞まなかったのだと思う。

ツグミの家の財政問題、一度断った見合い相手の問題、四木沼と百舌山のナハティガル問題、フクロウの前途、親友の恋、全部をうまいこと回収して尾崎ルートは終了する。
メインヒーローなのになぜ攻略制限がかかっているのだろうかと思ったが、そりゃこんなのを最初に持ってきたら大変である。
全部の問題が解決されているのが尾崎ルートなのだから、それを攻略した時点でニル・アドミラリの天秤〈完〉となってしまう。
現に今私は、先にクリアした他の5人のルートが幻だったような気がしているし、尾崎ルートの他は全部ifルートだったんじゃないかとさえ思えてきた。
ちなみに私は尾崎推しというわけではない。にもかかわらずそう思った。
尾崎ルートは、他キャラ推しのプレイヤーにもそう思わせるまさに「大団円」のルートといえよう。

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