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宿かわむらの空想朝ごはん#1
私は、長らくパリで暮らしている。
そして、朝ごはんが大好きだ。
フランスに来て、ホームステイをして、朝食が用意される時間にいつもちゃんと食卓につき、時間に余裕を持って朝ごはんを食べる数ヶ月を過ごした。
食卓に上るものは毎朝同じだった。
毎朝7時にマダムが近所のブーランジュリーに買いに行く焼きたてのクロワッサンと大きなブリオッシュ。コーヒーはフレンチプレスのポットに淹れられ、紅茶も用意されていた。それに手作りのジャムと市販のジャムが数種。
その家には私の他にも4人、ホームステイをしている学生がいて、私はいつもいちばん乗りでテーブルについた。夜はみんなが揃ってから食べ始めるけれど、朝は、それぞれ、自分のペースで食事を始めた。
カフェオレボウルにコーヒーを注いで、食パン2斤くらいの大きさのブリオッシュから自分の分をひと切れ、2cm厚さくらいにスライスし、アプリコットのジャムをのせて食べていると、誰かしらが「ボンジュール」とやってくる。
だいたい20分、時には30分くらい、食卓で過ごす時間があった。
渡仏前、日本では学生で、実家暮らしで、朝は決まって「何分の電車に乗るから」と言っていた気がする。いつも慌ただしく出かけていた。それを見越して、母はよくおにぎりを作ってくれていた。
フランス人は一般的に、朝、塩味のものを食べない。甘いものが中心だ。前夜の残りのバゲットだったり、シリアルだったり。クロワッサンとブリオッシュは、日本でイメージされているほど頻繁には食べなくて、贅沢アイテムの部類だ。カロリーも高いし、クロワッサン1個の値段はバゲット1本とほぼ同じだから、週末のお楽しみ、としている家庭も少なくない。
だから、私がホームステイをしていた家は例外で、毎朝、週末のような食卓だったわけだけれど、でも、毎朝並ぶものは同じだった。
ただ、それが逆に良かったのだと思う。毎朝訪れた、繰り返されたその時間は、そのおいしさに決して飽きることのなかったブリオッシュやジャムとともに、私の中に「風景のあるおいしさ」として、刻まれた。
そのホームステイ先を出て、丸21年が経った。
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先日、友人が泊まりにきた。
水餃子で夕食にして、翌朝は残りの餃子でクリーム仕立てのスープにしよう、と思っていたのに、餃子は思っていた以上に売れ行きが良くて食べ尽くし、鶏だしスープも無くなってしまった。朝ごはんどうしようかな...とまだある食材を頭の中で組み合わせつつ、”そういえば、私のぐじゅぐじゅオムレツを出したことないなぁ”とふと気づいた。
翌朝。
おなかすいたぁと目覚めた。野菜たっぷりの水餃子は消化が良かったらしい。
寝起きの心地よい空腹は、私の1日の原動力だ。
歯ブラシを口に突っ込みながら、台所に行き、鉄瓶に水を注いで火にかける。
朝は紅茶を飲むこともあるけれど、コーヒーの方がずっと多い。
夜の間に動きを止めていた空気の中にコーヒーの香りが漂っていく、目に見えない広がりが、住まいを目覚めさせていく気がして、好きだ。
コーヒーを飲む前にまず、デュラレックスのコップに2杯、白湯を飲む。少し胃を落ち着かせて、ドリッパーに湯を注ぎながら、何を食べたいかなぁと口の中に沸き起こってくる、その朝に欲する味を感じ取ろうとする。
だいたい、この数分に、その朝のメニューが決まる。
この朝は、卵料理を作ると決めていたから、それに合わせるものを、立ち昇るコーヒーの薫りを味わいながらイメージした。
スープを取るのに使った鶏ガラにまだくっついているお肉が少しあるから、それとマーシュでサラダにしよう。りんごも入れようかな。あ、でも、チーズがたくさんあるから、チーズにりんごを添えて、サラダには代わりにアンディーブを少し加えよう。
素材の食感と、かじったときに出る果汁、甘み、酸味、苦味、パンを口に含んだらそれらの味を吸い込む感じ、食べたときに口の中で繰り広げられる幾つもの味の交錯を想像して、最後に、ナッツ入りのパンがあるから、サラダはオリーヴオイルじゃなくてくるみオイルで和えよう、と決めた。
卵は、ちょっと前にコペンハーゲンで見つけたドイツ製の1930〜40年代のお皿によそいたいと前の晩から思っていた。パンも同じトーンのお皿に盛って、あとは...... 重ねてある皿を順々に手に取り、イメージする。結局、チーズは全体についたシミが気に入っているフランスの皿に(窯の名前は不明)、サラダはエクサンプロバンスの蚤の市で見つけた、こちらは裏に欠けの目立つミントン(イギリス製)の少し深さのある皿に盛ることにした。
「お待たせ」
取り皿にはロンウィーの皿を選んで、写真を撮り、まずは卵を食べて欲しいと促した。
「これね、いつか宿を始めたら、出したいと思っててね」
「宿やるの?」
「うん。やれたらいいなぁと思ってて。朝ごはんだけ出します、っていう宿。夜ごはんももし宿で食べたかったら、私たちと同じものでいいですか?煮込み料理になります、って宿。朝がメイン」
「どこで?」
「うーーーん。ブルゴーニュかなぁ。って気がしてるんだけど」
「いいじゃん。あれ?この卵、甘いんだ!」
「うん。お砂糖入れてる」
「へぇぇぇ。普通、入れる? お砂糖」
「いや、入れないと思う」
「それって、どっかでそういうの食べたの?」
「食べてないよ。私、スクランブルエッグとかオムレツがどうも好きじゃなくてさ。響きには憧れるんだけど、塩味っていうのがなんかしっくりこないんだよねぇ。だから、ケチャップをかけてちょっと甘みを加えてみたりするのだけれど、すぐに飽きちゃうんだよ」
「あぁケチャップかけたくなるよね」
「うん。うちね、ママの作る卵焼きが甘かったんだよ。私、それが大好きで。その味が染み付いちゃってるからか、溶き卵を焼いたものには甘味が欲しい。あと、とろっとしているところが好き。オムレツは中がトロッとしたものもあるけれど、なんでかわからないけど、あの形作られているオムレツは、途中で飽きちゃうんだよなぁ。
それで、形作らないオムレツを作ればいいんじゃんって思ったの。でもパンに合わせるとしたら、味醂じゃないないな、じゃお砂糖にして、卵の味をちょっと和らげるのにクレーム・フレッシュも入れることにした」
「これは確かに食べたことない。いいね、甘いの。パンの酸味とも合うね」
トロッとした卵をパンにのせて、パンの表面がじわっと湿るとこれがまた美味しいのだ。酸味の強いパンは苦手だけれど、これには、ほんの少し酸味があった方が好ましい。
「ありそうなのにね。でもこれね、結構クレーム・フレッシュの存在が大きいんだよ。リキッドの生クリームじゃ違う感じになるんだよね。それで質の良いクレーム・フレッシュが必要だと考えると、南仏じゃないなぁと思って。ブルゴーニュか、ノルマンディーでもいいんだけど」
「これ、卵いくつ使ってるの?」
「6個」
「結構使うね」
「うん」
「鶏、飼うの?」
「それも考えた。でも、卵専門の生産者さん探す。自分たちで鶏飼って、産みたて卵でっていうの、そりゃあ憧れるけど、鳥の世話まで手が回るのはずっと先の話だと思う」
「そうだよね。鶏は病気にかかりやすかったりとか大変そうだよね。だいたいさ、毎日卵って産むものなのかね? 知ってる?」
「知らなーい」
呑気に答えた私を見て、友人がさっそく検索した。
「1日に1個が限界らしいよ。卵を産んでから、次の卵を産むまでに最短で23時間〜26時間必要で、1年間に365個が最大だって」
「え〜!そうなんだ!じゃあ2人分のぐじゅぐじゅオムレツを作るのに、最低でも6羽飼わなきゃいけないんだ。まぁ毎日作るとしたら、だけど。でも、そりゃ大変だ」
「養鶏場には普通オスはいなくて、卵を産むためだけにメスが飼われているらしい。そりゃそうか」
「え?メスだけでどうやって卵産むの?」
「そりゃ、オスいらないでしょ。だから、有精卵と無精卵っていうのがあるじゃん」
「。。。。。。。?」
「知らないこといっぱいだねぇ」
「うん、いっぱいだねぇ」
友人は大いに納得していたようだったけれど、私はちんぷんかんぷんだった。
威張ることじゃないが、理科は苦手なのだ。特に生物。
なんでオスがいらないんだ? どういうこと?
あまりにわからなくて、わからないまま食べ続けることがどうも気持ち悪くなって、後日、私も検索した。おそらく日本とフランスではシステムが違うだろう、と思いながらもまずは日本語で探した。
鶏、飼育、卵、と入れると、約125万件の検索結果が出てきた。
日本で生産される卵の90%は、バタリーケージと呼ばれる、A4コピー用紙に満たない広さのケージに1羽の割合で飼育されている鶏から産まれたものというショッキングな内容から(EUではすでにバタリーケージは禁止されているらしい)始まり、半日ほど読み続けたら、しばらく卵が食べられなくなりそうになった。
ただ、いちばん知りたかった、なんで養鶏場には雌鶏しかいないのか?の疑問は解けた。
産卵は言い換えれば排卵。要するに、人間でいえば生理と同じことで、人は29日周期だけれど、鶏はそれが1日周期で巡ってくる。排卵はメスの体内で自然に起こることで、そこにオスは介入しない。
なるほど!!人で言えば生理、とはわかりやすい。
いやぁぁぁ、恥ずかしいなぁ。
フランスの田舎で宿をやりたいとかぽわぽわ空想して、鶏小屋なんかもちょっと思い描いちゃったりして、でも、実は、鶏が卵を産むことがどういうことかも全く分かっていなくて。
いろんなサイトがある中で、日本養鶏協会というところの質問コーナーは、私みたいなちんぷんかんぷんには、とてもわかりやすかった。
ブルゴーニュのオーベルジュ計画。私のあまりの無知ぶりに道のりはなかなか険しそうだ。でも、知らないことがこんなにもあからさまになるのは面白いなぁ。さんざんレストランの記事とか書いてきて、こんなに知らなくてやってきたってことだものなぁ。いやぁ恥ずかしっ。いやぁびっくり。
こんなに身近なことで、こんなに知らないことだらけで、いまワクワクしている。
つづく。
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![川村明子](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/14077962/profile_055ee3fdc3703e2c4511929402de5f7f.jpg?width=600&crop=1:1,smart)