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見たくない自分を見れる日

わたしは人に興味があって

人が考えること
どうしてそう思うのかとか
どうしてそんな行動を取るのかとか

それを知りたいと思う様になって

そのために
いろんな経験をさせてもらってきたと思う
看護師というしごとをしていたこともあって
人の最後の瞬間もたくさん見てきた

生きるって何?

葬送のフリーレンの話を見ていて

まさに
わたしにはタイムリーな話

人にはたくさんの欲がある

その欲を満たすために
人は行動する

お腹が空いたら食べ物を手に入れ
眠りたかったら寝床を探し
人が恋しくなったら誰かを見つける

そこに負のエネルギーが生まれることがある
人を蹴落としてでも手に入れたい

わたしはそれが魔王というものを作り出すのではないかと

人の念はエネルギーなので
それが全てのこの世界を作り出すものと思っている

キネシオロジーをしていく中で
自分の奥底の蓋を開けていくと

底に渦巻く自分の感情が見えてくる
見たくないものには蓋をする
開けるのは怖いけれど
それを見ないと楽にはならない

蓋を開ける勇気をくれたのが
わたしにはキネシオロジーがあったということ

開けた先には
わたしからしたら
見にくいと思う感情
仏教で言えば108の煩悩

5欲と言われるものや

欲について色々書かれているので
少し調べたら出てくる

そんなひどい人間じゃない

そう思い込みたかった自分だった
奥底にある
負の感情を持たない自分を演じていた
そんな人にはなりたくないと
否定することに必死で
その部分を見ようとしなかった

だけど
いろんなことが起こる中で
その感情を抑えてたことが
体には記憶として残り
体を覆う鎧の様になって
思い体をひきづって
誤魔化しながら生きてきた気がする

それが人なんだと
受け入れることができなくて

欲があるから人は悩み苦しむ
そこから救うものとして
宗教はあるけれど
そこに逃げてしまうことが幸せでもなく

葬送のフリーレンのヒンメルは
目の前の人を助けるということを続けていく中で
最後に魔王を倒すことができ

それには勇者の剣も必要なかった

目の前の人を助けていくことが
本当の意味での勇者なんだと

そう言ってる様に思える
アニメから学ぶことは深いわ

そして
君達はどう生きるのか

映画の最後は
現実を受け入れて
前を向いて生きることを決意した主人公を見せていたと思う

現実を見ることが
世界のバランスをとること

バーチャルな世界を作ってきた宮崎駿監督だけど
生きるのに必要なことは
現実を見ることだと

目の前で起こっていることを受け入れていくこと
そう言ってる様に思う

だから
ヒンメルも
魔王を倒すことが目的ではあるけれど
そこにいくまでには
目の前の人に目を向けている

困っている人がいるなら
目の前の人を助けられる自分でいること

それが
人が生きるということなのかもしれない

二つのアニメから
こんなことを思うこの頃

ここまでは
何も考えずに生きてきたけど

ここからどうするの?

そんなふうに思わせるために
今このアニメを見させられてる気がする

さあ

わたしの目の前で起こっていること

それが見えるように

それを受け入れられるように

それに立ち向かえれるように

ここから

どう生きるのか?

それを決めるのは

わたし自身なんだと




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