Fantasyland JapanからCool Japanまで、なんでこんなにリサーチしてしまったんだろう。。。
現在の日本文化の立ち位置を世界の目からみて、というかアメリカの目から見て、という色のほうが濃いと思ったけど、20世紀に起きた経済発展の様子や、あさきゆめみしや葛飾北斎の北斎漫画まで言及して、どのような過程を経て軍事国家というイメージからエキセントリックなポップカルチャーの国、に移り変わったか、というQuartzの記事を読んだ。
そして思ったのだ。任天堂のゲームから、アニメだったり、原宿ファッションだったり、ハローキティからゴジラまで、数えていくとワラワラとなんぼでもでてきそうな、日本人以外が喜ぶ、すげーと思う日本の文化の数々。数々ある割には、そして世界中でかなりの需要があるにも関わらず、あんまり経済の指数に結び付いていないような。。。 たくさんありすぎてどれか一つに絞ることができずに、できることたくさんだけど貧乏、いわゆる器用貧乏なのではないか日本って?と。
ポップカルチャーって、グローバルな場において、その国のアイデンティティーを確立するためにめっちゃ大切な要素だよね。だってポップカルチャーから派生するコンテンツをもとに外資を誘導することもできるし(日本車、とかエレクロトニクスのような形のある商品でなくても良いという例)、と
かなり端折った私の意訳だけど、Quartzは述べる。
そして、日本のポップカルチャーの世界的波及効果に触れたのが、2009年のJapan's Gross National Coolという記事。それがもとになって今あるCool Japanというコンセプトが生まれたらしい。Cool Japanというフレーズ自体、あんまりなんのこっちゃよくわかっていなかったけど、ポップだろうが伝統だろうが、とにかく日本文化をコンテンツとして日本以外に積極的に伝えていこう、という運動のようである。Coolというから、省エネで地球温暖化のスピードを落としましょう、というような運動ではなかった(私の勘違いである)。
Gross National Cool記事は、こんなにたくさん世界中から注目されるコンテンツを持つ日本は、潜在的に他国に対してありきたりでない影響力を持っている。けれどいまいちこれだ、という総括できる強いメッセージがないんだよね。日本が長くこの状態に甘んじているとは思えないけど、と締めくくっていた。これを受けてCool Japanというフレーズが総括するメッセージになったのかしら。その辺をもうちょっと調べてみようとCool Japanを検索。そこで出会ったのがCool Japan Fundと経済産業省のCool Japanページ。
サラっと目を通しただけなんだけど、Cool Japan Fundのページのコンテンツ、なんか物足りない、とういか ふぅん、という感想で終わってしまう。なんでだ?と考えた結果、Cool Japan政策の狙いが日本のコンテンツ、ライフスタイルもろもろを海外に発信して、日本経済成長の原動力にする、という意図がウェブサイトの中で埋もれてしまってるからではないでしょうか?これこそ総括するメッセージではないでしょうか?と思うんだけど。どうでしょうかね。そして、「私のクールジャパン」というコラム、寄稿している人が14人中12人日本人っていうのも偏りすぎでは? 海外に広めたい、と思っているのなら、広めたい地域の声を具体的に組み取っていくべきではないでしょうか?と思うのは私だけ? だってアジア一つにしても東北アジアと東南アジアだと欲しいものの需要が違うかもしれないじゃないの。なんでその各地域のひとにコラム書いてもらわないのかね。もしかしたらそういう計画で進んでいるのかもしれないが。
そして経済産業省。。。私もお役所務めだから理解できないこともないが、このパワーポイントスライドはないでしょう。。。と思ってしまった。スライドの隅から隅まで文字と図解に埋め尽くされていて、読みづらいったらないよ。まさに、伝えることありすぎで、全部カバーし過ぎで、何が一番言いたいのかわからない。これってまさに器用貧乏日本が視覚化されたプロダクトかもしれない。損してまっせ、と思ってしまう。
と、数日前に読んだQuartzの記事のおかげでごちゃごちゃと考えてしまったよ。Cool Japan Fundは私がロサンゼルスで日本酒バーをオープンしたいんです、と言ったら資金援助してくれるだろうか。