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早期退職、公務員からバスの運転手に。「オレこんなにお礼言われたのはじめてよ?」
三宮で、仕事のイベントの打ち上げをしました。
上司曰く「もう1人くるから」とのこと。
お店に入ると、こちらに気づきチョイと手をあげた1人のおじさん。
この方に会うのは、実に8ヶ月ぶりになります。
私は昨年の5月にこの職場にきましたが、
おじさんはそれから2ヶ月後に定年を待たず退職しました。
ワイシャツにジャンパー、以前生やしていた短いヒゲはキレイさっぱりなくなって。なんだかシャンとしています。こうして面と向かってお話するのは初めてのこと。
「いやあ、だって、オレ今サービス業だから」
聞けば、今はタクシー会社に勤務しバスを運転しているとのこと。
そっか…どおりで胸に「○○タクシー」の文字の刺繍。
「これ全部、会社が支給してくれた仕事着」
なんでも、目の前でビールを飲む張本人は
市役所を辞めて、モンゴルにテント担いで行ったのだと聞いていました。
「あれ、本当だったんですか?」そう聞くと。
「そうよ、行ったよ。モンゴル。ゴビ砂漠まで行ったね」
ゴビ砂漠の風がすごすぎて、テントが真上にあがって飛ばされそうになっている日本人の様子を横で笑ってたら「何笑ってんですかーっ!」ってマジで怒られた、とか。天候が悪くて雷が鳴って、でも砂漠だから逃げ場がない。なのに100メートル目先に雷がドカーンと落ちて目の前が真っ白になった、とか。さらっと話してくれるんだけど、すごい冒険譚。
「そのあとは、どうしてたんですか?」そう聞くと。
「そうね、インド行ったよ。インド北部でツーリングね」
インドの北部にヒマラヤ山脈があって、雄大な景色を眺めながら走るのは最高で。しかも、軍がつくった新しい道路を走ったから、周りは軍車両ばっかりで。でも道は大きくてキレイに舗装されてるから、走りやすいし景色は最高だしすごいよかった。これもまたすごい旅行奇譚。
「それからは?」そう聞くと。
「それからは、日本だね」とのこと。
「万博のシャトルバスの運転手をしたがってたと聞きましたが…」
「うんそう。でもあれはもう無理でオレの入る余地はなかった。だから、タクシー会社の面接受けて、雇ってもろて。毎日いろんなバスを運転しとるよ。火葬場に行く親族を乗せるためのマイクロバスとか。駅と病院を往復する送迎用のシャトルバスとか」
有言実行…
で、で、今のお仕事はどうですか?
「いや、それがね。サービス業とはいえ、オレは何にもサービスできんのよ。たとえ、おばあちゃんが乗るときによろけたって、何にも手出しできん。だって、オレ運転席におるから。そしたら、だいたい周りのおじいちゃんとかがみんな助けてはるわ。オレは、運転席で、ああーよかった。みなさんありがとうって思てるだけやなあ」
「それにな、オレものすごい驚いてんねんけど。病院のシャトルバスとかって、まあ病院がタクシー会社に委託してバス用意してんねんな。やから利用する人っておじいちゃんおばあちゃんばっかり、しかもタダや。だからかようわからへんけど、オレめっちゃお礼いわれんねん。
バス降りるときにな、深々と頭下げられてもうて『ありがとうございます』って。オレ、運転しとるだけやのに。こんなに普通に仕事してお礼言わたの初めてやで。それも、毎日みんな言ってくれんねん。公務員してるときに、オレ礼言われたこととか一回もないで」
やりがいを感じてるご様子。
楽しく嬉しそうでもありました。
なんというか、このとき私は思いました。
このおじさん…リアルを見てるな、って。
退職したら思いっきり旅行したい、ってのはみんな考えることかな?と思ったんですが。「バスの運転手やってみたい」って、すごくこの方らしいことじゃないかなって思います。
しかも、旅行でみた珍しい景色よりも、
バスに乗って観る普通の人の景色の方が、おじさんにはすごく面白いようで。
話のボリュームも、バスで観た話のほうが厚かった(笑)
この感覚ってすごくリアルだと思います。
人を感じようとすることのほうが、圧倒的に豊かですから。
この方は、人生が
きっと愉しいはずだと思いました。