コミュニティマネージャーを卒業した私が、マーケティングと研究視点から見る「コミュニティマーケティング」
こんにちは。この記事はコミュニティマーケティング Advent Calendar 2024 25日目の記事です。光栄なことにトリを務めることになりました。どうもありがとうございます。2024年もそろそろ終わりですね。
noteで記事を書くのはなんと約9ヶ月ぶりになりました。前回、今年の3月にWBSの卒業エントリーを書いてからの9ヶ月間、私が何をしていたかというと、Asanaのコミュニティマネージャーを卒業して、マーケティングリードになり(つまり社内異動)、並行して博士後期課程に進学して研究をしていました。これから書くのは、それによって手に入れた2つのレンズについてのお話です。
マーケティングリードとしてのレンズ
この9ヶ月間に起きたこと
さまざまなご縁やきっかけが重なって、2020年8月から約4年間務めていたAsanaでのコミュニティマネージャーのポジションを今年5月に卒業し、日本のフィールドマーケティングリードとして、マーケティングチームのマネージャーの役割を担うようになりました。直接関わるのは「レベニューマーケティング」と呼ばれる、主にイベントやコンテンツなど営業・インサイドセールスチームと連動したデマンドジェン施策やPR、事例制作などですが、コミュニティや広告施策にも間接的に関与しています。日本でマーケティング組織に所属するメンバーと協力しながらバーチャルチームを形成し、チームとして一体となって進められるよう、試行錯誤する日々です。予算や人事に関わるお仕事も増えて、やりがいを感じるとともに、頭を悩ますことも同時に増えました。
離れてわかったコミュニティのグローバル組織内での認識
コミュニティチームから外に出たことで、コミュニティが社内でどのように捉えられているのかを改めて観察する機会が増えました。私がAsanaの企業ユーザー会であるPLANETSについて社内の色々なところで発信をしたり、マーケティングイベントと連動した企画を打っていたためか、私の現在の上司(USにいるレベニューマーケティングのVP)には、PLANETSが日本のコミュニティのことだと思われていたことも判明しました。(本当なPLANETSは全体のごく一部で、アンバサダーコミュニティがメインです)嬉しい誤算ではありますが、一方で日本のコミュニティがグローバルとは少々異なる独自な成長を遂げていることも改めて認識することになり、これはこれで難しさを感じています。
「独自な成長」と言っているのは、「ユーザー主導である」「イベントdriven(特に対面イベント)である」という点です。アメリカをはじめとするグローバルコミュニティでは、ユーザーが自分たちでさまざまな勉強会やイベントを企画して盛り上がる、ということが起きていないようです。また、起こそうにも再現性がないと思われているようでした。私としては、それこそが「コミュニティ」であると思っていたので、「日本の特殊なところ」と片付けられてしまうのは少々悔しく、どうしたら理解してもらえるか、そして再現可能なノウハウとして社内に伝えていくか、というのは今後も課題になりそうです。
デマンドジェンから見たコミュニティ
コミュニティイベントを自分で担当していた頃は、成果指標が参加者数や新たなアンバサダーの数などでしたが、現在私が直接関わっているデマンドジェン系のイベントでは、売り上げにつながるパイプライン生成の数字が主な指標になります。私たちAsanaはまだ日本市場での浸透度が低いので、いかにまだAsanaを使っていないお客様にAsanaを使いたいと思っていただくか、というデマンドジェンが必要なフェーズにあります。デマンドジェンの施策の主な目的は、投資したコストをX倍にしてリターン(=リードとパイプライン)を生むこと。このXの数字をいかに上げるかにこだわる、ある種のゲームとも言えます。そのために操作できる主なパラメーターとしては、適切なオーディエンスに対して適切な場やコンテンツを当てるということになります。
そしてコンテンツの質を上げるために一番インパクトがあるのが、やはり「顧客事例」。コミュニティがあると、そこから事例が生まれ、スピーカーのソーシングができる。あるいは、スピーカーになっていただきたい方にコミュニティでお試し的に話していただくことで、その後の大舞台の練習台にしてもらえるということもある。この事例を中心としたコミュニティとデマンドジェン系イベントの循環が、やはり両者が一番うまくコラボできるポイントだなと改めて実感しました。
connecting dots、シナジー、コラボレーション
自分がコミュニティを担当していた時は、マーケティングやカスタマーサクセスなどできるだけ他のチームの施策とコラボできるように働きかけることをベストエフォートとしてやっていましたが、自分がチーム間を繋ぐ役割になったことで、よりコラボレーションを進めやすくなったように思います。コミュニティは単体で閉じてしまうと社内からは見えづらくなってしまいますが、他のチームのコラボすることで、社内でよりコミュニティの価値を実感してもらいやすくなるということもあります。
とはいえそれぞれのチームごとに機能があり、組織としてのKPIや計画があるので、そこに直接は関与できない。各組織、各個人がやっていることとして外に見えるものがdotであるとすれば、それを線として繋げて、効果を最大化できる大きな動きにしていく。つまり、"Conencting the dots"。自社のフラッグシップイベントに合わせてコミュニティイベントやワークショップ、顧客セッションを企画したり、一つのメッセージを同じ時期に広告やイベントなど複数の接点で打ち出したり、連携がなかなか難しいグローバルの製品ローンチに合わせて日本側でもリアクティブではない施策を打っていくなど。この辺りは会社特有のものがあるので、こうして文字にしてもなかなか伝わらないものがあるかもしれませんが、関わっている各メンバー同士が密に情報共有をして(形骸化しない形で)、ディスカッションして、アイデアを広げて、つなげていく、ということを意識した8ヶ月間でした。
この領域は私自身がまだまだ試行錯誤しながら、色々な人の力を借りながらやっている最中ではあるのですが、実感していることの一つが、コミュニティはこの大きな流れを作るためのコアになりうるという点です。コミュニティでユーザーインサイト(つまり、ユーザーさんが何を考えて製品を使っていて、どんな効果を感じていて、今何に興味があるのか)を得て、その声を拡張していくために様々な施策を展開する。コミュニティこそが一番お客様に近いところにあるものであり、これをスタートラインに据えて(そしてチャネルの一つとしても活用して)進めていくことがマーケティングの複数の歯車をうまく回すレバーになると考えています。
Asanaコミュニティの成長
そして私がAsanaのコミュニティマネージャーを卒業した後も、Asanaのコミュニティは順調にすくすくと成長し、ますます熱を帯びています。日本のアンバサダーは1400名を超え、2024年は合計36回のアンバサダーさんによるイベントが開催され(それ以外にも自社主催イベントもたくさん)、フォーラムの訪問者は3年前から約3倍に増えたそうです。すごい!!詳しくはこちらの投稿を。
今後もコミュニティが成長していくのを引き続き見届けて支援していきたいのはもちろんのこと、この貴重なアセットをどのように会社の他の活動と繋げて大きな流れを作り出してインパクトを生み出し、同時に社内での認知をさらに上げていくか。これが今後の大きな挑戦になりそうです。
研究者(の卵)としてのレンズ
この9ヶ月間に起きたこと
Asanaで社員としてフルタイム勤務を続ける傍ら、4月から慶應義塾大学の商学研究科 博士後期課程に進学し、研究者を目指す道を本格的に歩み始めました。大きなテーマはB2Bのブランド・コミュニティです。ブランド・コミュニティとは、特定の企業のブランドや製品を共通の関心として形成されるコミュニティのこと。まさに自身がこの6〜7年ほどの間に3つの会社で業務として取り組んできて、そして修士論文でも取り組んだテーマであります。B2Bブランド・コミュニティをテーマに、この8ヶ月間で2回の学会発表を行い、1本の論文を投稿しました(掲載はまだですが)。さらに、博士論文を見据えて新しい研究テーマにも着手し、現在データの分析に取り組んでいます。
深くて大きな川の両側
このプロセスを通じて気づいたのは、学術と実務の間には厳然と流れる「深くて大きな川」があり、両者を隔てているということです。経営学やマーケティングといったビジネスを扱う学問領域であっても、アカデミアと実務の間には異なる価値観やアプローチが存在します。端的には、ビジネスでは成果を出すこと(つまり売り上げにつながること)が全てですが、学術の世界で求められるのは、成果につながるベストプラクティスを抽出することではなく、これまでの研究者が積み上げてきた先人の知恵に新たな知という石を積むことだということです。
さらにいうと、MBAからアカデミック・スクールに行った私はビジネススクールとアカデミックスクールの間にも結構な隔たりがあるなと感じました。ビジネススクールはやはり社会人がビジネスを学ぶためのところなので、いかに仕事に役に立つかという目線が必ず存在するという点で、アカデミックスクールとは大きく異なります。修士時代からある程度予想していたとはいえ、4月に博士に進学した当初はやはりギャップが大きく、アカデミア側のスキルセットが足りないことに大きな焦りを感じました。ですが、9ヶ月間無我夢中で取り組んだ結果、アカデミック方面のレンズは多少磨かれてきたように思います。指導教授の山本先生と、授業でフィードバックをくれる仲間にはただもうひたすら感謝しかありません。
発見された大量の車輪たち
上記の川の話と一見矛盾するようですが、博士課程での研究を進める中で同時に驚いたのは、「コミュニティに参加してもらうためにどうしたらよいか」という問いに対する議論が既に無数に存在していることでした。「コミュニティへの参加」というのは、それだけでレビュー論文(論文をまとめた論文。例えばこれとか)が存在するくらいの一大テーマになっていて、参加の先行要因についての研究は大量に存在し、この20年くらいの間に欧米やアジアの研究者がこぞって論文を書いています。実務でコミュニティに取り組む時、「どうやってコミュニティを活性化させるか」「コミュニティリーダーを発掘して育てるためにはどうしたらいいか」というのはコミュニティマネージャーのメジャーな悩みの種の一つですが、同じことが学術の世界でもこれだけ議論の対象になっていて、多くの研究実績が積み上がっている。つまりそれだけのノウハウがある。なのに、実務側に全然還元されていない。そう、これが「深くて大きな川」だと感じたことの別の一つでした。
方や、数えるほどしかないB2Bの研究
コミュニティに関する研究が無数に存在する一方で、B2Bに特化したコミュニティの研究は極めて少ないのが現状です。B2Bマーケティング研究自体が全体の中でもマイナーな領域で、中でもコミュニティに限ると英語の論文でも数が少ない。日本語はほぼない。という状態であることが判明しています。残念なことではありますが、これは逆にブルーオーシャンであると信じて(笑)、開拓していこうと思います。
そもそも、アカデミアにB2B研究が少ないのはなぜなのか?
そもそもB2Bに特化した研究が少ないというのはとても不思議です。世の中の多くの企業はB2CではなくB2Bで、たとえば一つの例として、日本のECの分野だけでみてもBtoB市場はBtoC市場の19倍あるということことが経済産業省の最新の調査でわかっています。
これほど市場が大きいにも関わらず、なぜ研究対象にならないのでしょうか?一つの考えられる理由は、B2B市場がB2Cとは異なるという点がそれほど理解されていないのではないかという点です。企業における購買の意思決定には、複数のステークホルダーによる社内のプロセスや長期にわたるサプライヤーの関係、業界ごとの慣習など、消費者の購買とは異なる要因が多くあります。B2Cの購買体験は多くの人にとって身近なものですが、B2Bの購買プロセスや意思決定は、B2B企業に勤務したことのある人でなければ、一般的にはあまり経験されません。そのため、研究者が自分の生活経験を基に研究テーマを選ぶ傾向があるかもしれないと考えた時に、研究対象として選ばれづらいのではないかいうのが一つの推論です(あくまで推論ですが)。またB2Bのデータの収集が難しいことも背景にありそうです。B2B企業の勤務経験のある社会人で研究を目指す人が増えることや、B2B企業と共同研究するような動きになることを期待したいです。
私にできることは何か
こういった課題が見えてきた中で、さて自分は何をなすべきかと考えると、まず私が研究者として目指したいのは、現実の実務で起きている事象を正しく捉えて研究に取り込みたいということです。先人たちが積み上げてきた知の上に、自分なりの小さな石を積み上げるのはもちろんのこと、その石が単なる既存の知の再解釈ではなく、新しい河原から持ち帰った石であるようにしたいものだなと。同時に、先人が積み上げてきた既存の知識を現実に応用できるような形で翻訳し、広く伝えることもしていきたいと思っています。これが大きな川の両側を渡すという役目になると信じて。
振り返りと、これから
振り返ると、今年の特に前半は、新しいロールへの転換や会社の一大イベント、さらに授業や研究が重なり、マインド的にも物理・体力リソース的にも限界を感じる瞬間が多々ありました。この時期にいただいた様々な素敵なお誘いやありがたいご依頼をほとんど断っていたので、不義理をした方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、自分には必要な集中期間だったと今は思います。やりたいこと全部はできないのが前提なので(というか全てがままならない)、優先順位というものを特に意識した1年でもありました。なんとかこの激動の9ヶ月を乗り越え、新たな軌道を見つけた(かもしれない)12月を迎えられたことに今はいったんホッとしています。
そしてこの実務と研究の両方の領域にまたがる活動として、コミュニティマーケティング推進協会にB2B担当フェローとして加えていただいたことは、自分にとってももう一つの大きなマイルストーンでした。今年もいくつかのイベントで登壇させていただいたり、ケースメソッドのワークショップの講師の機会ををICCサミット京都や個別にいただいたことで、自分の中での確信と今後への手がかりにつながったところが多々ありました。5年後の(もう4年後に近いですが)「コミュニティマーケティングをあたりまえに」を目指して、引き続き努めていきたいと思います。
2024年にお世話になった皆さま、本当にありがとうございました!まだ目指す山の第一歩を踏み出したばかりですが、これからもコミュニティマーケティングの価値をより多くの人に伝えながら、自身の研究を通じて新しい知見を切り開いていきたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いします。