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1744年から続く宿〜レストラン

週末旅行だったアナポリスのボートショーを観て、月曜日早朝のフライトで私たちの住むオースティンに帰るために、日曜日の夜はバルティモア空港に至近距離のホテルを取った。
 お昼はアナポリスでボリュームたっぷりのクラムチャウダーや蟹を、歩きながら特大スクープの、口の中でポキポキ弾けるチョコレートがたっぷり入ったミントアイスクリームまで平らげたので、夜は軽めにしようという予定だったのだけれど、せっかくだからと、歴史あるブティックホテルのメインダイニングで旅行最後の晩餐を楽しむことにした。カロリーオーバーだけれど、ダイエットは帰宅してからでいいでしょう。旅はとことん楽しまないと!
 エルクリッジファーナンスインはなんと1744年から続く宿。この日は庭でウエディングパーティーが行われていて、ホテルの横にある広い芝生のテントに、着飾った人々が大勢集まっていた。
 パーキングから前庭までの長い道は年代を感じさせる木が繁り、暖かい季節には外で食事ができるのだろう、いくつかテーブルがセッティングされている。



 ブリック(煉瓦)作りの建物はカントリー風でもコロニアル風でもあり、レストランの入り口には白い支柱が立っていて、可愛らしいティーテーブルが置かれていて気分が上がる。


 ドレッドヘアのバスボーイはシャイで無口だけれど、笑顔がとびきり可愛い。水を持ってきて、その後テンションの高いウエイターがやってきて料理の説明をする。彼がこのレストランを、シェフをいかに愛して尊敬しているかがひしひしと伝わってくる。
 まずブルゴーニュのワインで喉を潤す。西海岸に住んでいた頃はワインといえばカリフォルニアワインだったけれど、東海岸ではフレンチやイタリアンワインを出す店も多い。
 私たちはアピタイザーをパスして、ウエイター君が精力的に勧めるスープを頼むことにした。
 彼が頼んだのは裏庭で自家栽培しているというキノコのスープ、私はこの店の看板メニューでもあるさつまいもと蟹のカレー風味スープ。

キノコのスープ
蟹とさつまいものカレースープ


 どちらも甲乙つけ難い美味しさ。彼のスープはキノコの旨みが全開、しかも様々なキノコのそれぞれの異なる食感を楽しめる濃厚な味。私のスープは乳製品を一切使わず、しかもグルテンフリー。蟹から滲み出る潮の香り、契約農家から仕入れるオーガニックのさつまいもの優しい甘味、その甘さにストレートパンチではなく、ジャブを入れ込むカレーのいい仕事ぶり、かつて本日のスペシャルとして出したこのスープの評判があまりにも素晴らしく、顧客たちの希望で定番メニューになったというのも頷ける。
 肉好きの彼のメインはやはり地元の契約牧場直送のリブアイステーキ(もちろんミディアムレア)、付け合わせはスープで味わったキノコが美味しかったからと、再びキノコ、そしてジャガイモのロースト。
 いつもの様に「ひとくちちょうだい」と言わなくても、私のお皿に差し出す優しい彼に甘えてまずこちらを味見。
 このステーキがとにかく絶品だった。
 私はアメリカに来てから以前大好きだったフィレよりも噛み応えのあるリブアイのファンになったのだが、ここのリブアイはその良いところ取りだ。しっとりと柔らかく、しかも程よい弾力があって、噛み締めると肉本来の味を凝縮した肉汁が溢れ出す。キノコはもちろん、じゃがいもも外はカリっと中はほっこり、

ステーキの付け合わせはキノコたっぷり

 さて、私が頼んだのは海老と帆立のグリル、キノコのリゾット添え。サーモンとラグーソースのパスタや、白身魚オレンジラフィーのエスニック風ジャスミンライス添え、ラムの煮込みなど食べたいものがたくさんあって迷ったが、やはりどうしても、ここのキノコをがっつり食べたかった。

ぷりっぷりの海老とホタテ


 魚介類は僅かにニンニクとレモンの香りがするだけで、余計な小細工無し、どれもぷりぷりで至福の味、で、お目当てのキノコのリゾット、思った通り、キノコが本当に美味しい。付け合わせのアスパラガスも程よい硬さが嬉しい。お昼がたっぷり過ぎてあまりお腹が空いていなかったのに、あっさり間食してしまった。

 彼はこの期に及んで、デザートも行こうと言い出した。それも、さっき特大ミントアイス食べたばかりだと言うのに、例の熱心なウエイターイチオシのアップルダンプリング、バニラアイスクリーム添えと来た。


 シェフ直々に作るホームメイドのアイスクリームは確かに美味しかったけれど、お腹いっぱいだったせいだろうか。パイの生地が私には分厚過ぎてちょっと食傷気味になってしまった。私の個人的な好みで言えば、薄くてサクサクの生地が何層か重なったタイプだったら良かったのに、そう感じてしまった。ただアメリカ人はパイもピザも分厚い系が人気なので、ビジネス的には正解なのかもしれない。

 何はともあれ、古き良きアメリカを彷彿とさせる建物とインテリアで大満足のディナー。
 東海岸の夜はすでに冷え込んで冬の気配だったけれど、ワインとたっぷりのカロリーで火照った身体を庭のテーブルで冷ました。冷たい風が気持ち良い。


  美味しい食べ物は人を幸せにする。幸せな笑顔は伝染して一緒にいる家族や恋人や友達を笑顔にする。その笑顔がその場にいる別の人々も幸せにする。
 最近は北でも西でも戦争が勃発している悲しい世の中になってしまったけれど、世界平和って実は案外身近な人々の笑顔の連鎖の果てに実現するんじゃないか、そんな風に思った。
 その美味しいものを当たり前に食べられない人々が世界中にいるから戦争は起こるんだよ。
 現実的な彼が言う。
 それは確かに難しい問題だ。
 1744年から続く宿の灯りの下で、私たちはこの夜、色々な話をした。

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