OpenAIとイーライ・リリー、次世代抗菌剤発見のためのAIモデル開発に着手
米国の製薬大手イーライ・リリーは2024年6月25日、オープンAIと提携し、生成AIを活用して薬剤耐性菌(スーパーバグ)感染症の治療に使える抗菌剤を開発することを発表しました。スーパーバグは毎年米国で280万件以上の感染症を引き起こしており、世界保健機関(WHO)などの公衆衛生当局や専門家が新しい治療法の開発を強く求めています。
イーライ・リリーとは
イーライ・リリー(Eli Lilly and Company)は、アメリカ合衆国に本社を置く大手製薬会社で、1876年にイーライ・リリー大佐(Colonel Eli Lilly)がインディアナポリスで創業しました。
イーライ・リリー大佐は、質の高い医薬品を提供することを目指して会社を設立しました。当時、医薬品市場は質の低い「エリクサー」と呼ばれる薬が横行していましたが、リリー大佐はこれを改善し、高品質な医薬品を提供することで信頼を築きました。
なお、下記のpivotの動画を見るとどんな製薬会社なのかわかります。
イーライ・リリーは、以下の分野で数多くの革新的な医薬品を開発・提供しています:
糖尿病治療薬:インスリン製品(Humalogなど)
精神神経科薬:プロザック(抗うつ薬)、ジプレキサ(統合失調症治療薬)
がん治療薬:アルツハイマー病、乳がん、肺がん治療薬
免疫学:免疫疾患治療薬
イーライ・リリーは、生成AIを活用した新しい抗菌剤の開発など、先進的な技術を取り入れています。特に、薬剤耐性菌(スーパーバグ)に対抗するための新しい抗菌剤の発見に注力しており、オープンAIとの提携もその一環です。
社会的インパクト:イーライ・リリーは、薬剤耐性菌対策のために「AMRアクションファンド」に1億ドルをコミットするなど、グローバルヘルスへの貢献を行っています。
企業理念:「科学を治癒に変えること」を使命として掲げており、患者の生活をより良くするために革新的な医薬品の開発に努めています。
OpenAIとの提携:背景と目的
薬剤耐性菌は、低・中所得国を中心に全世界で大きな問題となっています。貧困や不平等がこの問題を悪化させており、人間、動物、植物における抗菌剤の誤使用や過剰使用が主な原因です。この提携は、そうした課題に対する新しい治療法の発見を加速させることを目的としています。
社会的影響と未来展望
イーライ・リリーは2020年に設立された「AMRアクションファンド」に1億ドルをコミットしており、2030年までに2~4つの新しい抗生物質を提供することを目指しています。今回のオープンAIとの提携も、この取り組みの一環として位置づけられています。
薬剤耐性菌(スーパーバグ)とは?
薬剤耐性菌(スーパーバグ)とは、抗生物質や他の抗菌薬に対して抵抗力を持つ微生物のことを指します。この抵抗力により、これまで効果的だった治療法が効かなくなり、感染症の治療が難しくなることがあります。スーパーバグは、細菌だけでなく、真菌やウイルスも含むことがあります。
どのようにして薬剤耐性が発生するのか?
薬剤耐性は、主に以下の原因で発生します:
抗菌薬の誤用と過剰使用:医療機関や農業において、必要以上の抗菌薬の使用が耐性菌の発生を促進します。例えば、風邪などのウイルス感染症に対しても抗生物質が処方されることがありますが、これは不要な治療です。
不適切な使用:処方された抗生物質を指示通りに服用しない場合(例えば、症状が改善したからといって途中で服用をやめる)も、耐性菌が発生しやすくなります。
医療機関での感染:病院やクリニックなどの医療施設では、多くの薬剤耐性菌が蔓延していることがあります。これらの環境では、感染管理が不十分な場合、耐性菌が広がりやすくなります。
主な薬剤耐性菌の例
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA):メチシリンや他の一般的な抗生物質に対する耐性を持つ黄色ブドウ球菌。
多剤耐性結核菌(MDR-TB):複数の抗結核薬に対して耐性を持つ結核菌。
多剤耐性グラム陰性菌(MDR-GNB):複数の抗菌薬に対して耐性を持つグラム陰性菌。
薬剤耐性菌は、治療選択肢が限られるため、感染症の治療を複雑化し、患者の入院期間を延ばし、治療費を増加させることになります。さらに、耐性菌の感染症は、重症化しやすく、死亡率も高くなることがあります。世界保健機関(WHO)によれば、薬剤耐性は今後数十年にわたり世界的な公衆衛生の主要な脅威の一つとされています。
AIの薬剤耐性菌への取り組み
AIは、薬剤耐性菌に対抗する新しい抗菌剤の開発に以下のように役立ちます。
1. 大規模データ解析
AIは膨大な生物学的データや化学データを高速かつ正確に解析する能力があります。これにより、従来の手法では見逃される可能性のある新しい化合物やターゲットを発見することができます。
機械学習:機械学習アルゴリズムは、既存の薬剤と耐性菌のデータを解析し、新しい化合物がどのように作用するかを予測します。これにより、実験室での試行錯誤を減少させ、効率的な新薬開発が可能になります (Lilly) (Lilly Medical)。
2. 仮想スクリーニング
AIは、仮想スクリーニング技術を用いて、数百万もの化合物をシミュレーションすることで、有望な抗菌剤を特定します。これにより、実際の実験にかかる時間とコストを大幅に削減できます。
ディープラーニング:ディープラーニングモデルは、分子の3D構造を解析し、ターゲットとなる耐性菌に対して最も効果的な結合パターンを特定します (Lilly)。
3. ゲノム解析
AIは、耐性菌のゲノムを解析し、耐性メカニズムを解明するのにも役立ちます。これにより、新しい治療ターゲットを発見し、それに基づいた新薬の設計が可能になります。
バイオインフォマティクス:バイオインフォマティクスツールを活用することで、遺伝子の変異や発現パターンを解析し、耐性メカニズムを明らかにします (Lilly Medical)。
利用されるモデルの種類
薬剤開発に利用されるAIモデルは、チャットできるジェネレイティブAI(例:ChatGPT)ではなく、特化型のAIが使用されます。具体的には以下のようなモデルが利用されると考えられます。
分子生成モデル:特化型ジェネレイティブモデル(例:Generative Adversarial Networks, GANs)は、新しい分子構造を生成し、その効果を予測するために使用されます。
バーチャルスクリーニングモデル:構造ベースの仮想スクリーニングを行うためのディープラーニングモデル(例:コンボリューショナルニューラルネットワーク, CNNs)は、化合物の3D構造を解析し、有望な候補を特定します。
機械学習モデル:ランダムフォレストやサポートベクターマシン(SVM)などの伝統的な機械学習モデルも、データ解析や予測モデルの作成に使用されます。
具体的なAIモデルの例
AlphaFold:DeepMindが開発したAlphaFoldは、タンパク質の3D構造を予測するモデルで、新薬のターゲット探索に利用されています。
ChemProp:分子の化学的特性を予測するためのディープラーニングモデルで、新しい化合物のスクリーニングに役立ちます。
これらのAIツールは、薬剤開発のプロセスを革新し、薬剤耐性菌に対する新しい治療法を迅速に見つけ出すことが期待されています。
イーライ・リリーとオープンAI共同開発の過程
新しいモデルの開発はイーライリリーとオープンAIが共同で行うことになります。このプロセスでは、次のようなステップが含まれます。
1. 問題の定義とデータ収集
まず、薬剤耐性菌に対する具体的な問題を定義し、それに対応するために必要なデータを収集します。これには、耐性菌のゲノムデータ、既存の薬剤とその効果に関するデータ、患者の治療結果データなどが含まれます。
2. モデルの設計とトレーニング
次に、これらのデータを活用してAIモデルを設計し、トレーニングします。生成AIや機械学習アルゴリズムを使用して、薬剤耐性菌に効果的な新しい化合物を生成するモデルを構築します。
生成モデル:例えば、GANsや変分オートエンコーダ(VAEs)などの生成モデルが使用される可能性があります。これらのモデルは、新しい分子構造を生成し、その効果を予測することができます。
予測モデル:トレーニングされた機械学習モデルは、新しい化合物が耐性菌に対してどのように作用するかを予測します。これには、CNNsやリカレントニューラルネットワーク(RNNs)などが含まれます。
3. バーチャルスクリーニングと実験
AIモデルを使用して、仮想的に大量の化合物をスクリーニングし、有望な候補を特定します。これにより、実際の実験室での試行錯誤を減少させることができます。その後、選ばれた候補化合物は実験室での検証を経て、実際に効果があるかどうかを確認します。
4. モデルの改良と反復
実験結果に基づいてモデルを改良し、さらに精度を高めます。このプロセスは、何度も反復され、モデルがより正確に新しい有効な抗菌剤を予測できるようになります。
共同開発の意義
イーライ・リリーとオープンAIの共同開発により、AI技術の最新の進歩を取り入れた新しい薬剤の発見が期待されます。オープンAIの生成AI技術とイーライ・リリーの薬剤開発の専門知識を組み合わせることで、より効率的かつ迅速に新しい抗菌剤を開発することが可能になります。
このような共同開発は、次世代の医薬品発見において重要な役割を果たすことになるでしょう。具体的な技術やモデルについては、将来的な公表や学術論文などで詳細が明らかにされることを期待しています。