見出し画像

医療と芸術の接点から考える、豊かな生き方

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダシップ特論の授業の第10回(9月13日)レポートをまとめました。

今回は、医学博士の稲葉 俊郎さんにご講演いただきました。

プロフィール

医学博士 稲葉 俊郎 様
1979年熊本生まれ。医師、医学博士。
1997年熊本県立熊本高校卒業
2004年東京大学医学部医学科卒業
2014年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程卒業(医学博士)
2014年-2020年3月 東京大学医学部付属病院循環器内科助教
2020年4月 軽井沢病院 副院長・総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督)

東大病院時代には心臓を内科的に治療するカテーテル治療や先天性心疾患を専門とし、往診による在宅医療も週に一度行いながら、夏には山岳医療にも従事されています。

未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行い、一貫して「人生の全体生を取り戻す」活動に着目され、何のために今この瞬間があるのか、という意識をして医療のあり方を模索していらっしゃいます。

人を救う人や環境に囲まれながら、「生きる」を見つめた幼少期

稲葉さんは本妙寺の麓で生まれました。医師の祖父の印象的な言葉「病の人がこの場所にかくまれていた」という言葉によって、本妙寺の近くを通るたびにその景色が頭に浮かんでいました。
本妙寺付近では、病の方をかくまうという人々を救うという土地柄をふまえ、多くの教会も土地に根付くようになりました。慈恵病院も付近にあり、親のいない乳幼児を預かるなどの活動をしていました。
このように、人をかくまい救う人や環境に囲まれて稲葉さんは育たれました。
また、幼少期は体が弱くよく入院しており、体の悪い中でなぜ自分が生き残ったのかという事に向き合っていました。なぜ生きるのか、なぜ結婚していくのかなど、人の「生きる」という事をよく見つめていたとの事です。

東大病院でカテーテルの有数の専門家に。しかし...

人のいのちを助けたいとの一心で医者になり、心臓のカテーテル治療に携わる匠の道に進まれました。日本で数人しかできない治療を行うようになっていかれましたが、本当にそれがやりたかった事なのかを疑問に思い始めました。

医療の形を問い、山岳地域での在宅医療に携わる

そんな中医療の形を自問自答し、患者の自宅に本当に重要な事があるのではないかという観点より、在宅医療に関わることになりました。山岳地域にも行く機会があり、何もないところ医療をするとはどういう事なのかと知ることになり、それが人間の生活の原点であると感じられました。

3.11の瞬間

東日本大震災は、稲葉さんが世界的にも先進的な治療に携わっていた瞬間でした。まず病院で課題として上がったのが透析治療中の方で、稲葉さんも現地に向かって支援を行いました。

現地には建物が何もなく、何もなくなった環境を改めて目の前にし、地球の中で何もなくなる事は十分に有り得ると感じ、改めてここでも何もない中でどんな医療ができるかを考えるきっかけになりました。

能から学んだ「生命をまっとうする」ための芸術

能楽を見たときに、何百年も続くものであることに興味を持ち、とにかく惹かれ、能楽の稽古を始めました。その過程で、能に限らず、茶道等の芸術の奥義はすべて夢を伸ばすことであり、つまり生命をまっとうすることであるという事を学ばれました。

子供を授かった事も転機に

お子さんを授かった事も稲葉さんの思想に大きな影響を及ぼした出来事でした。子供の産毛や、つかみ反射などの生まれ持った特徴や行動から、人間が獣だった時代から今までの歴史を感じられました。

言語化すること

このように色々と考えている事を言語化したいと考え、複数の書籍を出版されていかれます。その過程で、今の医学は「病気学」であり、そうではなく人間の「生きること」や「幸福」に関心があると気づかれていきました。書籍を通じて言語化した事によって気付けたことであり、言語化することでやっと気付ける事があると感じられました。

軽井沢への移住

芸術と医療と教育をかけ合わせた医療をやりたいと考えていて、その土壌がある軽井沢を選ばれました。軽井沢ではそこにある自然を中心にして文化を作っている唯一の場所だと感じたこと、子供が何もないところから育っていく体験ができるようになることも考慮されての決断です。

医療と芸術の共通点は「全体生を取り戻す」営みであり、別のものとして捉えることはありません。医療と芸術が交わる場作りを通じて、医療学生や芸術学生が共に活動できるところを提供されてこられ、今後もその場を軽井沢で提供していきたいと考えていらっしゃいます。

活動事例 -芸術を通じていのちを見つめる-

感じたこと

医療と芸術は遠い対象のように感じていましたが、両者を「全体生を取り戻す営み」と捉え直す事で近い存在であり、それを繋ぐことで人間の生の豊かさを見つめ直すことができるという新たな学びがありました。

芸術の奥義はすべて夢を伸ばすことであり、つまり生命をまっとうすることという点に共感しました。人間が逃れられない「いつかは亡くなる」という事実に対し、芸術はそこまでの生命をまっとうする、つまりただ生きるのではなくいのちを豊かにする営みに他ならないと感じました。

また稲葉さんが医療と芸術を捉え直すことに繋がった背景には、絶えず「言語化」し続けたことがありました。既存のものの延長でなく新しく物事を捉え直す際に、積極的に言語化する事は一つの重要な手段であると改めて感じられた時間でした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?