騒音#2
騒音それ自体を消すことができなくても、耳栓などをして物理的にシャットアウトすればよいではないか。と安易に考えたこともあった。
最初は試しに耳栓を買った。確かに物音は小さくなった気がするが、隣に住んでいる男の話す低音や叫び声は防ぎようがなかった。そもそもだが、一日中耳栓を付けっぱなしにするのは耳の中の状態を悪くする。痒くなるし痛くなる。昼間起きてる時間も常に耳栓をつけるのは不可能だと悟る。それはイヤーマフも同様だ。ヘッドホンより頭を圧迫するそれを一日中つけるのは困難である。空気清浄機をホワイトノイズにしてみたが、やはり安寧に暮らせるほどの結果は得られなかった。
そこで思いついたのがノイズキャンセルイヤホンだ。我ながら名案だと思った。少し高いが、数多あるノイズキャンセルイヤホンの中で、AirPods Proを買うことにした。4万円近いそれと、これからの平穏な生活を考えたら安いではないか。
だが、これも結局失敗に終わる。
どれだけ優れたイヤホンでも、重低音というのは建具を揺らす性質がある。だから、地響きのような男の低音や踵から床を歩くような音を防ぐことは叶わなかった。
10月も終わる頃、上階にクレームをつける私に嫌気をさした住人が退去することになった。束の間の平穏を取り戻したが、すぐにまた新しい人が入居するのは火を見るより明らかだ。おそらく1ヶ月ぐらいの猶予はあるはず。そう考え、再び物件を探す旅に出ることになる。
信販系の保証会社の審査が通らないことはわかっている。独立系の保証会社で、かつ、フラットに人の属性を考えてくれる物件を死に物狂いで探した。
そして、なんと信用系に分類される保証会社の審査が通過した物件に出会った。
多少の不満はあれど(築年数が古い)、最上階の角部屋、そして鉄筋コンクリート構造の部屋。システムキッチンが付いていて、部屋もそこそこ広い。普通に暮らすには充分ではないか。
またとない僥倖再び。すぐに契約をして重要事項の説明を受け、初期費用である20万円何某を支払った。
だが、やはり私は人生半分詰んでいたことを思い知らされることになる。
当該管理会社(保証会社ではない)から源泉徴収票を要求されることになる。なるほど、しかしそれは保証会社審査通過後の話だった。保証会社はOKを出したが、管理会社がそこに条件を突きつけたのだ。
物件申し込み当初、私は年収を少し盛った。さして疑われることなどないと思っていたがとんでもない。契約時に2023年の源泉徴収票を持ってきてください。そう仲介不動産屋に告げられた。瞬間、とてつもない嫌な予感に襲われた。
しかし、契約時にお金を支払わない不義理をしてしまうと、最悪契約破棄されることを危惧した私は、ひとまず重要事項説明を受け、契約金の振り込みを期限までに済ませた。
管理会社によると、源泉徴収票の提出は多少遅れても構わない、とのことだったので、一旦気をラクにした。
だが、私の嫌な予感というのは、なぜかしらほぼ当たってしまう。盛った年収と源泉徴収票の金額が一致しない、と仲介業者に詰められる。話をしているうちに、再審査になる、と告げられた。
終わった、と思った。
考えてもみたら、審査というものはまず保証会社が第一にあり、そこに通過すれば管理会社の審査がある。管理会社の審査について失念していたのは愚の骨頂だった。とはいえ、一般論として保証会社の審査に通過すれば大体管理会社の審査で引っかかることはほぼない。
そんなことを今更ながらに考えながら、最悪のパターンを想定した。まず、仲介不動産屋からは審査が通過したので、いつ契約を交わしますか?とLINEにて問われた。普通ならこの時点で何も問題はないと思うはずだ。その頃には11月に入っており、現在居住している部屋を12月15日迄には退去することを大家に連絡済みだ(契約解除は1ヶ月前に連絡するのが相場)。引越し業者にも、いつ引っ越すかも予約済みであった。
私はどこか楽観的に考えていたのだと思う。なんだかんだで審査は通過する、そう思っていたのだ。
11月の末、無残に審査否決の連絡がLINEに届いた。こんな時、人はなぜ天を仰ぐのだろう、などとしょぅないことをふと思いながら、一旦寝ることにした。そもそもここまで来るまでに、常に仕事をしながらの死に物狂いの生活だ。もはや、どうしたらいいのだろうか?と考える余力は微塵もなかったのだから。
騒音#3へ続く。