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ゲノム医療の健全な発展へ。遺伝情報による差別禁止に関するQA策定の意義

2024年9月27日、厚労省のゲノム医療推進法に基づく基本計画の検討に係るワーキンググループが開催され、先月厚生労働省が策定した「ゲノム情報による不当な差別等への対応の確保(労働分野における対応)」に関するQ&Aが紹介されました。

近年、遺伝子検査やゲノム医療が急速に発展・普及する中、遺伝情報に基づき新たに生じる可能性のある差別や不利益取扱いの禁止について、がんや難病患者など多くの関係者が要望を重ねてきました。今回の差別禁止に関するQ&Aは、こうした差別への懸念から国民を守るための大きな一歩となります。厚労大臣政務官としてこの問題に取り組んできた経緯と、この重要な政策の背景と意義についてご紹介します。
 
子供たちが就職や結婚などの場面で差別されないか
 
弁護士時代、解雇されそうになった従業員の相談を受ける中で、会社側の健康・医療情報の管理が争点となる事案がありました。リサーチを重ねていく中で、日本では、従業員の昇進や配置転換などの場面で、個人の遺伝情報が判断材料として使われ、その人の能力や適性とは無関係にキャリアを左右する可能性があることを知り、大きな衝撃を受けました。アメリカの遺伝情報差別禁止法(GINA法)や欧州各国の先進的な取り組みの存在についても学び、日本の法制度の遅れを痛感しました。 

議員になってからも、地元のがん患者や難病患者の皆さまとの対話を大切にしてきました。その中で特に印象に残っているのは、ある若い難病患者さんの言葉です。

「遺伝子治療は私たちにとって大きな希望です。でも同時に、職場や社会活動のさまざまな面で新たな差別の原因とならないか、子供たちのことが心配です。私たちの病気が遺伝性だと分かれば、子供たちの就職や結婚にも影響があるかもしれない。そんな不安を抱えながら、新しい治療に踏み出すのはとても勇気がいるんです。」

この切実な声が、私の活動の原動力となりました。医療の進歩がもたらす希望と、それに伴う新たな社会的課題。この両面に真摯に向き合い、バランスの取れた政策を実現する必要性を強く感じたのです。
 
委員会質問から議員立法へ

 
初当選して5ヶ月。2022年4月に、私は衆議院厚生労働委員会で、ゲノム情報に基づく差別を防止する法的対応の必要性について質問に立ち、問題の所在を糺しました。

○塩崎委員 今現在、日本で企業が採用の際に遺伝情報に基づいて差別を行うことを禁止するような法規制はあるかないか、簡潔にお答えください。
○田中政府参考人 現在、我が国において、企業が労働者を採用するに関しまして、遺伝情報に基づく差別を禁止する法制度はございません。
○塩崎委員 ありがとうございます。もう一点、重ねて聞かせてください。では、採用した後、その従業員の昇進などにおいて、遺伝情報に基づく差別、これを禁止するような法制度はございますでしょうか。
○吉永政府参考人 我が国におきまして、昇進などの労働者の処遇につきまして、お尋ねのようなゲノム情報の収集やそれに基づく差別を禁止する法制度はございません。

2022年4月20日衆議院厚生労働委員会

法制度がないなら、それを作るのが国会議員の仕事。超党派議連「適切な遺伝医療を進めるための社会的環境の整備を目指す議員連盟」(尾辻秀久会長)のメンバーとして「ゲノム医療推進法」の議員立法に取り組みました。

当初は、2022年秋の臨時国会での提出を目指しましたが、審議日程が足りず断念。気を取り直して翌23年の通常国会での提出を目指しましたが、この過程も決して平坦なものではありませんでした。国会は開会中の審議日程が非常に限られているため、原則として内閣が提出する法案(閣法)の審議が優先されます。議員立法は閣法の審議が全て終わったあと、審議されるのが慣例となっています。

非常に限られた審議日程の中で、なんとか「ゲノム医療推進法」を取り扱ってもらえないか。23年の春頃から、法案審議の順序などを決める自民党の国会対策委員会の幹部の皆さまをはじめ多くの先輩議員のもとへ何度も足を運び、説明を重ねました。立憲民主党の中島克仁議員をはじめ野党側の議連メンバーからもアドバイスを頂き、与党議員とは違った視点から、政党間で連携して意見をすり合わせるコツや留意点についても多くを学ばせていただきました。何より、超党派で共通の目標を目指して力を合わせる議員立法の醍醐味に触れることができました。

こうしたチームの努力が実を結び、2023年6月9日、ついに「ゲノム医療推進法」が成立しました。同法では、ゲノム医療の推進と同時に、遺伝情報に基づく差別の防止も目的として明記しました。患者さんたちが安心してゲノム医療を受けられる環境整備がようやく動きはじめました。

(差別等への適切な対応の確保)
第十六条 国は、ゲノム医療の研究開発及び提供の推進に当たっては、生まれながらに固有で子孫に受け継がれ得る個人のゲノム情報による不当な差別その他当該ゲノム情報の利用が拡大されることにより生じ得る課題(次条第二項において「差別等」という。)への適切な対応を確保するため、必要な施策を講ずるものとする。

良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律

厚労大臣政務官として、省内の検討加速を指示
 
2023年9月に厚生労働大臣政務官を拝命し、期せずしてゲノム医療推進法に定めた施策の推進に直接責任を負う立場となりました。ゲノム差別を禁止する仕組みをどうすれば一日も早く実現できるか、省内の検討加速を指示しました。

全国がん患者団体連合会の松本陽子副理事長から要望書を受領。遺伝情報に基づく差別禁止は患者団体の皆さまの悲願です。

長年なかなか前に進まなかった課題です。新たな法律が必要なのか、現行法の解釈明確化で対応できるのかなど、省内の検討作業も決して一筋縄ではありませんでした。それでも、当事者団体の熱い思い、議連メンバーの継続的な支援と励まし、そして担当課の皆さんの頑張りにより、基本計画の策定を待たずに政府としての考えを整理したQ&Aを作成・公表することができました。
 
今回公表されたQ&A(「ゲノム情報による不当な差別等への対応の確保(労働分野における対応)」)は、労働分野におけるゲノム情報の取り扱いについて、法的根拠に基づく明確な解釈の指針を示しています。主な内容は以下の通りです:

労働分野におけるゲノム情報による不当な差別の禁止について(要旨)
1. 採用選考時に応募者のゲノム情報の提出を求めることは認められない。
2. 採用後も、労働安全衛生法に基づく健康管理のためであっても、労働者のゲノム情報を収集することはできない。
3. ゲノム情報に基づく解雇は、一般的に解雇権の濫用として無効となると考えられる。
4. ゲノム情報に基づく不利益な配置転換や、昇格・昇進における差別的取扱いも、一般的に権利濫用として無効となると考えられる。
5. これらの不当な取扱いを受けた場合には都道府県労働局などで相談を受け付ける。

「ゲノム情報による不当な差別等への対応の確保(労働分野における対応)

これらの指針が示されたことで、企業はゲノム情報の取り扱いについてより慎重になり、労働者の権利がより強く保護されることが期待されます。
 
特筆すべきは、この取り組みが経済界の皆さまにもご賛同いただいている点です。ゲノム情報の適切な取り扱いが、企業の社会的責任の一環として認識されつつあることに大きな手応えを感じます。
 
今後の展望と課題
 
ゲノム医療の分野には、まだまだ取り組むべき課題があります。

衆議院厚生労働委員会にて、遺伝情報に基づく差別禁止を求める立憲民主党の中島克仁議員からの質問に答弁(2024年6月5日)

現在、治療におけるゲノム検査の保険適用は限定的です。例えば、がん患者さんの場合、原則として標準治療が効果を示さなかった後でないとパネル検査が保険適用されません。しかし、早期にゲノム診断を行うことで、より効果的な治療法を選択できる可能性があります。
 
より多くの患者さんが早期にゲノム診断により最適な医療を受けられるよう、制度や運用の改善を模索していきたいと考えています。同時に、ゲノム医療の発展に伴う新たな倫理的・社会的課題にも、先手を打って対応していく必要があります。
 
また、ゲノム情報の取り扱いに関する教育や啓発活動も重要です。医療従事者だけでなく、企業の人事担当者や一般の方々にも、ゲノム情報の特性や適切な取り扱いについて理解を深めていただく必要があります。
 
今回のQ&Aが、患者団体だけでなく、経営者や一般の方々にも広く周知されることを願っています。そして、この問題が労働の場面だけに留まらず、社会全体でゲノム情報に関する正しい知識と他者への配慮が広まるきっかけになることを期待しています。
 
最後になりましたが、一連の取り組みを粘り強く支え、後押し頂いた関係団体の皆さま、与野党の議員の皆さま、そして心意気を持って対応頂いた厚労省の職員の皆さまに心から感謝を申し上げます。ありがとうございました!
 


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