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時政その頃 Vol.4

ワタクシが小学6年生のときに他界した母方の祖父がノートに小説を書き残していました。それがなぜかワタクシの手元にあり、長い年月が経っていましたがこの度「note」という場を借りて発表することにしました。

祖父は神童と呼ばれるほどの天才で当時飛び級で大学に進学。海外へ留学したこともないのに英語ほかドイツ語などもペラペラだったのを覚えています。百貨店や商社に勤務していましたが物心ついたときには定年を迎えており、癌でこの世を去りました。

山登りと写真撮影が好きで何度か一緒に山登りしましたが、いかんせんワタクシたちはまだ小さかったので本格的な登山はできず物足りなかったことでしょう。

ワタクシが写真を始めたのは祖父の使っているカメラを譲ってもらったことがきっかけなので、その点には本当に感謝しています。いまだにその時のカメラは形見として保管しています。

祖父は小説家になりたかったらしくひっそりと小説を書いていたとのこと。そのうちの一つだけがワタクシの手元に残りました。今回発表する「時政その頃」は時代小説であり、祖父は歴史にも造詣が深かったことを伺わせます。5万文字を超える分量なので2,500文字前後ずつに分けて投稿いたします。

できるだけ毎日投稿しようと思いますが、忘れたらゴメンナサイ。

前回のつづき

二、

明くる日は少し曇っていたが、四郎は待ちきれないように邸を飛び出した。時政は眼で笑っただけで、止めはしなかった。邸を出た四郎の足が、矢のように代理へ向くのはどうしようもないのである。
しかし、この日は内裏へ行くまでもなかった。街中は昨日の噂で持ちきり、山門の大衆はさらに大勢の衆徒を催して再び山を降りてくるとか、神罰を蒙って都に大きな異変が起きるに違いないとか、さしもに広い都の町もただならぬ騒ぎと不安に埋められていた。
 打ち捨てられた神輿は勿論どこへか運び去られ、静かに閉じた諸問の外に武者の姿も無く、この辺りであったと思われる血の跡もきれいに掃き清められて、却って内裏の附近が騒ぎから取り残されているかのようであった。
 信じてよい ー と四郎が受け取った噂を纒めると事の発端は父の想像通りで強訴を察知した内裏では大内守護の三位入道源時政の兵のほか、平氏の継嗣重盛にも勅命して六波羅の兵を代理に入れて守護させたものらしく、衆徒の寄せた待賢門はたまたま重盛の兵がこれを固めていたという。

 神輿を奉じての強訴は今に始まった事ではないが、いかに勇猛剛気を誇った武者も神威を畏れて、これまで神輿だけには手を出さなかったものを、昨日は無謀にも門内の武者が敢えて神輿の一つに的をつけて弓を引いたといわれ、神輿を穢したその一点に、庶民の畏れと不安は集まっていった。打ち捨てられた神輿は武者たちによって祇園の社に移されたが、神輿にささった矢は武者の手によってではなく、祇園の神官の手によって抜き取られたという。
 
 その夜、邸の主屋の人々が寝静まるのを待ちかねて、四郎はそっと時政の部屋へ滑り入った。
「昨日の僧どもの騒ぎ、やはりお父上の申された通りでした」
「ほう ー」
そんな用かと、四郎の意気込んでいるのが可笑しいように、
「噂でも聞いてきたか」
「それに、これまでは、武者も神輿だけは畏れて避けたそうですが、昨日は真っ先に神輿に屋を射かけたそうで、それを人々は神罰があろうと一番怖れております」
「まこと神輿を射たのか」
探るような眼であった。
「間違いありません」
「地下の者のつまらぬ噂ではないのか」
「お疑い深い ー 立派な方がきっと何処かの殿上人に召し使われる方と思われますが、話しているのを残らず聞きましたのじゃ」
「いえ、烏帽子のさまで判ります」
「ほう。四郎も僅かの間に、都でもえろう眼が利くようになったものじゃ」
からかわれていると知ってむっとする四郎に、
「いや、判っておる ー まことじゃ、それは」
と、はじめて時政は真顔になって、
「遠からず、もっと根の深いことになるぞ。加賀の国司らも解官、遠流は免れまいな。大勢で重いものを担いでわざわざ山を降りてきてけがまでさせられ、それで終われば丸損じゃ ー その代わり山門もただでは済むまい」

四郎は眼を丸くして息を呑んだ。父が今日は一歩も邸を離れなかったことは、宵に家の子に確かめておいた。それなのに、ちゃんと知っている上に先も読めているらしい。
「四郎。心利いた者を毎日街に出していろいろ噂は聞かせておる。ご番を努める上で役に立つからのーが、事と次第で、聞こえてくる道は違う」
「はー?」
「どうでもよいような話はその家の子から。だが、家の子が噛ってくる些細な種もバカにはならぬ時もある。出来るだけたくさん集めてその内から自分の判断で絞るのじゃ。そして、院や内裏の雲の上の話は ー 誰からと思う?」
四郎には、とっさに見当もつかなかった。

「この邸じゃよ。この広い庭の向こうから、そっと聞き出す。これも一緒に立ち混じってやっておる事をその身近から利く。これほど確かなことは無かろうがー内緒じゃぞ、これは」
又しても、父にはとても及ばぬと思い知らされた。院の公郷たちの詮議の模様をそっと聞いているらしい。これも、運上や番役の損の埋め合わせとでもいうのであろうか。それにしても、気負いこんで持ってきた四郎の情報など、家の子が聞き噛って来た噂にも及ばぬ事は間違いないようである。
「四郎、宿直へ行って酒を少し貰って来い」
父は、四郎をからかってみて興が湧いたのか、珍しく機嫌が良い。四郎も、思いがけぬ父の深さをさらに覗けるような気がして、これは面白くなると思った。

 番役の任務のうち、重要なことの一つが、本所たる権門の私邸の警護で、昼夜欠かさず己が家の子が宿直につくし、この夜更けにこの広い邸内で眼醒めている者といえば、その家の子ばかりである。邸の人々はみな別棟で枕も高く眠っている。話が漏れる心配はない。
 
酒が来て、一口つけた時政は、
「格別に何も申してこないのは無事の証拠、北条も巧く行っておると安堵はしておるし、先夜もお前は、変わったことは内容に申していたが、留守の仲の館で起こったことで無くても、伊豆の話で何か珍しいことでも無いのか」
と、話題を変えて、四郎を促した。
「左様ですな」
四郎も杯を口に運びながら、ふと一つの出来事を思い出した。一年近くにもなる事だし、格別父の耳に入れねばならぬという程のことではないが、話としては兎に角変わった出来事に違いない。それに、直接何の関わりも無いことだが、この場の興のつなぎとしては話し易いーと思った。
「頼朝さまのことですが ー」
「ほう、前佐殿が ー どうされたか」
 時政は興味を覚えたようである。

つづく


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