室温が37度を越える研究室。
研究室は昔は4階にあり、夕日に当たる新宿副都心、夜の東京タワーを眺めることができ、それらを見ることができなくなったのは残念である。一方、新しい研究室は7階となり、富士山を大きく眺めることができ、異常気象でも研究室内の室温が37度を越えることがなくなることは嬉しい。性格の優しい留学生が「暑い」と研究室内で少しでも涼しい席を求めて移動するのも、培養器の外に出した細胞に熱ショックがかかる問題も昔の話である。
研究所の引っ越しに伴い、再生医療にかかわる製造施設も移動することになった。再生医療は発生学・材料工学・細胞生物学の発展に伴って進展し、細胞を薬と見なして行う試みであり、増殖因子・分化誘導因子、マトリックス、生分解性ポリマーならびに幹細胞を上手に統合することで組織を再生する。用いる細胞は、さまざまなレベルの幹細胞が考えられ、大きく多能性幹細胞と成体幹細胞に分類される。多能性幹細胞のひとつである胚性幹細胞は胚盤胞の内部細胞塊より樹立する細胞株であり、驚くべきことに全身の組織や細胞に分化する能力を維持しており、全能性を有している。一方、成体幹細胞は、各臓器、組織に存在する幹細胞であり、限られた範囲の中で多分化能を示し、部分全能性を有している。組織内には、その組織における特定の働きを担う、すでに分化を終えた細胞が多数存在しており、中にはそうした特定の働きを持つ細胞へと分化する前の未分化細胞、すなわち幹細胞が混じって存在している。 成体幹細胞は、自らと同じ細胞を複製し、製造する能力を持つとともに、分化によって、それが存在していた組織内のあらゆる個別細胞を作り出すことができる。特定の組織に分化することがわかっているためにすでに多くの治療に生かされている。成体幹細胞は、骨髄や血液、目の角膜や網膜、肝臓、皮膚などで見つかっており、脳や心臓としった従来は幹細胞が存在しないとされた臓器でも発見されている。また、骨髄の中にある間葉系幹細胞は、骨、軟骨、脂肪、骨格筋、心筋、神経に分化する。自らの体からとり出した成体幹細胞の治療への活用は免疫的な拒絶反応の問題を心配する必要がなく現実的である。
この現実的なアプローチを疾患に対して早期実現化するためには、ヒト細胞を用いた基盤研究が必要不可欠であり、社会許容が要求される。二十年前に行われた白浜で開かれた研究会で、朝日新聞の記者が「再生医療は、さまざまな先端医療を進める上での手本となるようなプロセスを経るべきである。」と社会への透明性・公開性の確保を指摘したことを思い出す。さまざまな議論は公開されるべきであり、倫理申請書類は丁寧に審査される。医療の過程は公開されるべきであり、論文として詳細が出版される前にも発表が必要である。今の研究所は東京都世田谷区にあり、建物の横には、庭園内に小川のようなドジョウもいる流れがあり、その両岸にはコクマザサ、セリ、柳、スイセン、ヒガンバナ、クワイ、ミソハギ、ネコジャラシが植えられている。がんばらなくてはいけない。