日本の医療を、本気で変えたい
初めまして、静岡県磐田市で在宅医療に従事している安間章裕と申します。
この記事をご覧いただきありがとうございます。
突然ですが、僕は今の日本の医療に非常に危機感を持っています。
まず大前提として、今の日本があるのは、先輩方が戦後の焼け野原から命がけで復興してくださったおかげです。
文字通り24時間戦い続けての復興、そして成長でした。
医療においても同様で、この発展は世界に誇れる歴史だと思います。
しかし、時代が変わり、そのあり方に歪みが生じてきているのも事実でしょう。
それは社会や経済だけでなく、医療においてもそうだと思います。
医療費の増大をもたらし、医療従事者の負担は増え、そして何より最大の患者層である高齢者の方々のニーズに合わなくなっています。
今の医療のあり方は果たして持続可能なのでしょうか。
そこで僕は、「質の高い医療を持続的に提供できる」方法をずっと模索しています。
病院で感じた違和感
少々長くなりますが、なぜ僕がそう思うに至ったかをお話させていただきたいと思います。
僕は静岡県西部にある人口2万人ほどの田舎町の出身です。
他にやることもなくバンドに打ち込んだ10代を過ごし、歯医者であった父の勧めと、漫画ブラックジャックの影響で医師になることを決意し、1年間の浪人生活の末に医学部に入学することができました。
学生時代には、すでに少子高齢化、医療費増大の話は耳にしていましたが、どことなく自分ごとではなくて、日々の試験をクリアすることに精一杯でした。
そして、将来は平凡に、地元で医者を続けられればいいな、くらいにしか思っていませんでした。
ただ、何となく「人の全身を診られる医者になりたい」と思い、総合診療医を目指すことにしました。
そこで、千葉県にある亀田総合病院で病院総合診療医、感染症科医としてのトレーニングを積みました。
忙しく大変な日々でしたが、学びが多くとても充実していました。
一方で感じたのが、地域医療に対する危機感と現代の急性期医療に対する違和感でした。
亀田総合病院は先進的な急性期病院でしたが、千葉県南端の高齢化が進む場所に位置しており、周りはいわゆる医療過疎地でした。
周囲ではバタバタと病院が潰れていく一方で、亀田総合病院には連日体調を崩したお年寄りの方々が怒涛のごとく搬送されてきます。
今となっては本当に恥ずべきことですが、当時は極度の疲れもあってか、お年寄りがこのような先進医療機関に入院することは医療資源の無駄遣いではないか?と思ったことも正直ありました。
しかし、お年寄りの患者さん方の診療をすると、ほとんどの方々が「帰りたい、帰りたい」と仰っているのです。
中にはあまりに帰宅希望が強く暴れたり興奮してしまう方もおられたので、僕は鎮静剤を打ったり手足を縛ったりして治療を続けました。
その中の何割かの方達は、帰りたいという希望が叶わないまま病院で生涯を閉じられました。
その経験を続けるうちに、「これは一体誰のための医療なのだろう?」と考えるようになりました。
自分も周囲のスタッフもボロボロになりながら、嫌がる高齢者の方々に無理やり治療を施している。
僕にはそんな風に見えてしまいました。
そして国の医療費はどんどん膨らんでいく。このままでは日本の医療は続かない、と思ったのです。
在宅医療との出会い
「なぜうまく回らないのだろう?どうしたらいいのだろう?」と思い悩み、色々な方にお話を伺ったり、マネジメントや経営のことを知ろうと中小企業診断士の資格を取ったりしました。
そして、あるご縁からメディヴァという医療系コンサルティング会社に転職することになりました。
それが僕にとっての大きな転機でした。
メディヴァでの仕事の一つで、ある病院で在宅医療部門の立ち上げを任せていただきました。もちろん医師としての実務も含まれます。
僕はそれまで在宅医療の経験が全くといっていいほどありませんでした。
今思えば、とんでもないチャレンジであったと思いますし、たくさんの方々にご迷惑をお掛けしました。
初めての経験で様々な問題が起こり、試行錯誤、悪戦苦闘の日々でしたが、ある日とても大きな衝撃を受けました。
人生で初めてご自宅でお看取りをさせていただいた時のことでした。
今でもよく覚えていますが、90歳代の女性でした。
その最期が信じられないほどとても穏やかだったのです。
ご家族も和やかな雰囲気で、自分がそれまで経験したお看取りとは全く違っていました。
この時、自分の中で違和感がすーっと晴れたのです。
「ほとんどのお年寄りの患者さんたちは、これを望んでいたのではないか?」と思いました。
また、別の見方をすると、在宅医療は医療資源を効率よく利用することができ、入院と比較して医療費を大きく抑えることができます。
そういった意味で、在宅医療こそが持続的な医療につながるのではないかと考えました。
それ以降、僕は在宅医療に携わり続け、今に至っています。
3つの目標
医療を持続可能にするには、国民皆保険や年金のあり方についての議論ももちろん必要でしょう。
ただ、僕はまずは現場にいる身として、自分ができることをしていきたいと考えています。
そこで今は、以下の3つを目標にしています。
1. 在宅医療での遠隔医療を発展させる
2. 在宅総合診療の考え方を普及させる
3. 在宅入院システムの実現
・在宅医療での遠隔医療を発展させる
在宅医療は医療資源を効率的に利用できると述べましたが、一方で地方においては物理的な距離が問題となります。診療時間より移動時間の方が長い、ということもあり得ます。
また、在宅医療は制度上365日24時間の対応が求められ、これが普及のハードルとなっているというデータもあります。
この課題を解決し、医療の質を保ちつつ医療従事者の負担を軽減するため、ITを活用し、遠隔医療を発展させたいと考えています。
当院では、在宅医療においてIoTの技術を活用した遠隔モニタリングの研究を行っております。
これにより、遠隔地においても安心できる体制を作ろうとしています。
また、オンライン診療も積極的に取り入れています。
デジタル技術にはもちろん限界もあります。
それを理解した上で上手に付き合えば、質と効率性を両立した仕組みができると信じています。
・在宅総合診療の考え方を普及させる
急性期医療から在宅医療に携わるようになり、在宅医療というのは真の意味で総合診療だなと日々感じています。
まず診断に関してですが、在宅医療では当然ながら診療の場が患者さんのお宅や施設になります。
なので、医療機関での診療のように検査が簡単にできる状況ではありません。
そのため、検査に頼らずに病歴、身体所見で判断する臨床推論力が大変重要になることを学びました。
もちろん、可能な限りのpoint of care test (i-statなどの迅速検査、エコー等)を駆使して、正確な診断を行う努力も忘れていません。
それでも誤診してしまうのが辛いところですが…。
また、治療に関しても在宅医療においてはベストなプラクティスができるとは限りません。
例えば、ガイドラインで勧められる治療があったとしても、嚥下機能やアドヒアランスの問題で内服ができないことも多々あります。
また、本来であれば入院で精査加療が望まれる場合でも、ご本人の希望やQOLを考慮して、不十分であっても自宅で可能な範囲の治療を提供し、場合によってはそのまま看取ることもあります。
在宅医療においては、生命予後といったハードアウトカムよりも、関係者の納得感を重要視するべきであると、僕は考えています。
このように治療に関しても在宅医療のセッティングに合わせたプラクティスが求められると思います。
また、患者さんの困りごとは、頭の先からつま先まで多岐に渡ります。
しかし、「これは〇〇が疑われますね。●●科にかかりましょう。」と言っても、在宅の患者さんが医療機関を受診するにはかなりのハードルがあります。
なので、僕たちはほとんどのプロブレムを自分で解決しなくてはなりません。
専門科の先生方のようにベストの治療が提供できなくとも、患者さんやご家族が満足されるよう道筋をつける必要があります。
そのために、僕たちはあらゆる診療科の知識に触れておかなければなりません。
以上のように、在宅医療においてはホスピタリストや家庭医とはまた違ったスキルが必要であると僕は考えています(もちろん重なる部分も多々あります)。
しかし、僕自身もそうでしたが、それを体系的に教わる機会はなかなかないのではないでしょうか。
実際に、僕の場合は医師経験の中で間違いなく今が一番勉強しています。
大変と言えばそうですが、それ以上に今が一番医師としてのやりがいを感じています。
在宅医療でのプラクティスを他の先生方にお伝えし、また他の先生から教わることでよりよいプラクティスができる好循環を創れれば、と思っています。
・在宅入院システムの実現
在宅医療を受けられている患者さんはもともと弱ってらっしゃる方も多いので、いくら普段丁寧に診療していても体調が悪化することは避けられません。
しかし、一方でそのような方達は入院によりさらに弱ってしまう、というジレンマがあります。
もちろん入院が適切な場合もありますが、できる限り入院は避けられるべきでしょう。
ボストンの病院で行われたあるRCTがあります。
これは、救急を受診して入院が必要と判断された患者さん91名を、①従来の入院医療を受ける群、②自宅での急性期医療を受ける群に割り付け、比較した研究です。
患者さんの多くは、感染症、心不全、COPD急性増悪でした。
Levine DM et al. Hospital-level care at home for acutely ill adults: A randomized controlled trial. Ann Intern Med 2019 Dec 17; [e-pub].
その結果は、30日以内の再入院率は自宅治療群で有意に少なく、また投入した医療資源や費用も有意に少ないというものでした。
自宅治療群で、病院に搬送された患者さんはいなかったというのも驚きです。
また、フランスでは昔から「在宅入院」という仕組みがあり、自宅で急性期医療を受けることができるそうです。実際には見たことがありませんが、いつか見てみたいものです。
このように、環境さえ整えば自宅でもある程度の急性期医療を受けられる可能性があります。
この仕組みを僕の地域でも創り上げられたら、と思っています。
以上の3つを実現し、いつの日か「質の高い医療を持続的に提供できる」モデルを実現します。
今回は以上です。
半ば自分にとっての決意のような内容です。
長文にも関わらず最後までお読みいただきありがとうございました。
冒頭の写真は早朝の浜名湖で撮ったものです。
微力ではありますが、この美しい日本の医療の力になりたい、と思っています。