ショート小説『ひきこもりゲーム』※3103文字(約6分)
「Home Homeってゲーム知ってる?」
「え?」
「ホムホム。聞いたことない?」
ホムホムとの出会いは高校3年、外に出るのが嫌になる暑さの続く夏の日だった。前の席のクラスメイト(ホムホム上でのアカウント名は「カズサノスケ」)からホムホムを知らないか聞かれた時だ。
部活も終わり、受験勉強しかすることが無かった、あの時に出会った。
ホムホムは、家にいる時間が長い方が勝つというシンプルなゲームだ。1日の内、どのくらい家にいたのか、それを競う。
猛暑の続く夏の日をできるだけ楽しく過ごそうと、爆発的にヒットした。
ゲームモードは大きく分けて2つ。シンプルモードとチームモード。
シンプルモードは、1人で戦う個人戦だ。これはいい。分かりやすい。家に居た時間が長い方が勝ち。時間がそのままポイントとなる。
問題はチームモード。基本的にはシンプルモードと変わらないのだが、こちらにはボーナスポイントがある。予めゲーム内のフレンドと2人組のチームを作り同じ時間に家にいるとボーナスポイントが加算される。ただし、1人の場合は、時間×80%がポイントとなる。
つまり同じ時間にいればいるほど有利になるのだ。
受験勉強をしていたこともあり、ゲームの順位はぐんぐんと上がっていった。年間県別ランキングでベスト10。年間全国ランキングでも100位以内に入った。
カズサノスケと友達に自慢した。
その光景は今でも忘れられない。
ホムホムで家にいることが多くなったおかげで、県内にある第一志望の大学に入学でき、田舎にある実家を出て一人暮らしを始めた。政令指定都市にも指定されている大きな街だ。
大学までは徒歩15分。
少し遠いが、金額と相談するとこの場所にするしかなかった。25平方メートルのワンルームだ。もちろんユニットバス。
もちろん始めは大学生活を謳歌しようと努力した。新入生歓迎会にも行ったし、サークル体験にも行ったし、クラスメイトと飲み会にも行った。
だけど、高校時代のホムホムで得られた満足度を超えるものは無かった。
次第に大学に滞在することは少なくなった。
サークルもどれもピンと来ない。
どいつもこいつも楽しそうに。
西日が差し込みオレンジ色に染まる教室でホムホムを自慢している姿が目の前に浮かぶ。
大学に入学して夏になる頃には、既にホムホムの人気は下火となっていた。あの日の栄光は忘れられないが、また新しく始める気力もない。カズサノスケがいればやる気も出るかもしれないが、あいつは別の大学に進学した。
今日もまた、いつもと変わらず面白くも無い授業を、扇形に広がる講義室の左の最後列の席で受けている。
いや、いつもと違う。
見たことないやつが前の席に座った。
人間の性質か、日本人の性質かわからないが、自然と座る場所は決まってくる。どこに座ってもいいのだから、毎回違う席に座ってもいいのに、なぜだかほとんど同じ席に座ってしまう。
だからいつもと違う景色が観えると違和感を覚える。と、言っても大した違和感ではない。2分後には忘れている。
だが今日の違和感はいつもとは違う。
その理由は、前の席のやつのスマホ。
前の席のやつが座るやいなや操作するスマホの画面。
見飽きるほど見た画面。
ホムホムだ。
まだやっている人がいたかと体が反応した。
画面右上に書かれたアカウント名が目に入る。
「ペリー」
あいつだ。年間県別ランキング3位だった。「ヨシノブ(こいつは年間県別ランキング7位)」とコンビを組んでいたやつだ。
大学に入学してから漲ってこなかった力が沸々と湧いてくる。体が熱を帯びる。さっきまで寒いと思っていた空調が熱く感じるほど。
ホムホムだ。
ホムホムがある。
子供の頃、生垣の小さな穴を秘密基地だと思った感覚。あれに似ている。
退屈な、平凡な日常を壊してくれるあの高揚感。
ホムホムの人気は下火だ。ユーザーが減った今だからこそ、県内で1位、いや、それどころか全国1位も狙えるのではないか。
すぐにカズサノスケに連絡したが返事は無い。
仕方ない。とりあえず一人で始めポイントを稼いでおこう。3限、4限の授業は試験のみで単位が取れるから休んでも問題はない。
急いで家に帰る。
いつも暗かった通学路が明るく華やかに見える。
これだ。これを待っていた。
大学と家の途中にあるコンビニで食料を買い込む。やつらは真面目に大学に通っている。1週間も籠っていればランキング上位に食い込めるはずだ。
大学生になって良かったと初めて思う。
カズサノスケから連絡きた。「あれ、もうやってないよ。ごめん大学忙しいんだ」という、面白くない内容だった。スマホの画面を消す。今までの関係も消えたようだった。
受験勉強の時とは違い、家にずっといるのは暇だ。時間が長く感じる。配信サービスで映画を観るのも飽きた。他のゲームもつまらない。何も考えないようにした。イヤホンを耳に入れ、布団を被り、とにかく時間が過ぎ去るのを待った。
1週間経った。
年間県内ランキングは10位まで上がった。思った通り順位が上がりやすかったが、それはやつらも同じだ。やつらは年間県内ランキング1,2位となっていた。
2週間、3週間と経ったが上位には上がらなかった。
1か月経った。
県内ランキングは3位になった。しかし、やつら2人を上回ることができない。じめじめとした部屋にゴミが広がる。配達サービスで食事には困らないが、ゴミは困る。数分と言えどゴミを捨てに行く時間が惜しい。
それでも3位から順位は上がらなかった。
理由はわかる。やつらはチームモードでプレイをしているからだ。同じ時間にチームの2人、どちらともが家にいるとボーナスポイントが加算される。
悔しい。カズサノスケのせいだ。
髪も伸び、体が鉛のように重い。焦点も合わない。ベッドから起き上がるので精一杯だ。もう限界だ。
ベッドから起こした体をもう一度ベッドに叩きつけるように倒れる。天井が見える。見慣れた天井だ。
いや、待て。自分のポイントを増やすことはできないが、相手のポイントを止めることはできるのではないか。
相手の家にいる時間を減らせば。
家にいないようにすれば。
相手の…家を…無くせばいいんだ。そうすれば…
単位も落とした。
留年も確定した。
これでホムホムまで負けたら、何の為に生きているんだ。せめてホムホムだけでも勝者になりたい。
1か月ぶりに外に出る。
1か月ぶりの大学。
1か月ぶりの授業。
いつもの扇形の講義室の左後ろの最後列に座る。
前の席に人が座る。
1か月ぶりのやつ。ペリーだ。
呑気に授業を受けている上にランキングも上位とは。許せない。授業が終わり、ペリーの後を付ける。ペリーが家に帰り着く。そこは高級住宅が建ち並ぶ住宅街だった。
許せない。
一度家に帰る。
決行は夜。
ベッドにあぐらをかいて夜を待つ。
西日が差し込み、部屋がオレンジ色に染まる。あの日の記憶が蘇る。
夜が来た。
ホームセンターで買ったライター。
ポリタンクに入れた灯油。
帽子。
マスク。
靴を履き、玄関のドアを開ける。
まだ引き返せる。
頭ではわかっていても体が動く。
ペリーの家の前まで来た。道中は覚えていない。レンガで造られた門をくぐり、玄関前に灯油をまく。
もう引き返せない。
これしかない。
これしかないんだ。
右手に包まれたライターに小さな火が灯る。
気づいた時には、赤いランプとサイレンの音が街を包み込み、遠くに見えるオレンジ色の空を見ながら、高校時代の教室を思い出していた。
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