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無題

どこに向かっているのかは最早忘れてしまったのだが、
いつも通りの道を車で走っていた。

首都高に乗って天現寺の出入り口を通り過ぎて少し走った辺りでいつもの光景が眼前に広がっていた。
一ノ橋ジャンクションの渋滞だ。
自分自身の目的地をはっきりと認識せずとも体が勝手に動いてしまう程に細胞に組み込まれているこの道程において勿論この渋滞は織り込み済みである。
予め家を出発する時点で30分程余裕を持っているはずなので大きな焦りは感じていない。

ところが少し様子がおかしい。

urさん①


いつも混んでいる右車線だけでなく今日は左車線でも示しを合わせたかの様に同じ地点で行列が始まっている。東京タワーを左手に見ながら浜崎橋ジャンクションへ向かう右側だけにその当たり前が存在しているはずである。

これは事故かもしれないな。今後は回路に手を加えてもう30分程早く家を出るシステムに修正が必要だ。


ところがその予想は大きく外れる。
息を引き取ってしまったかの様に行列が動かない。
痺れを切らしたドライバー達はやり場のないクラクションを鳴らすのにも飽きたりず、とうとう車を降りて各々に自らの足で前方へと歩き出したのだ。

urさん②

ここで車を降りたところで後々この場に戻ってくるのは明らかなのにも関わらずどうしてなのだろうか。わたしは静かに暮らしたい、その内原因を突き止めた誰かがその情報を手に凱旋することだろう、ただ海の底の貝の様に報せを待とう。

まるみさん②


そんな考えを持ったのも束の間、地に足をつけていないのはこの世界で自分だけの様な感覚に襲われる程全員が何かに向かって進んでいた。自らの手で物事を進めなければいけないらしい。
気づいた時には自分も歩いていた。
高速道路を歩くと近くを通っている車の振動が鈍く大きくやってくるのが普通だ。サスペンションを組み込んでいるかの様にその感触は柔らかくやってくるのだが今はそれがない。周りに動いている鉄の塊が存在しないからだ。

まるみさん①



どれだけ歩いただろうか、後方に置き去りにしてきた車のことを思い返す瞬間が少なくなっている自分に気づく。只々何かに取り憑かれたかの様に前方を目指すその群衆の一端を担っている。
息が上がり始めている。
いつの間にか道に勾配が付き始めている。
既に自分の興味の対象はこの先に何が待っているのか、それだけだった。
先に待つものを手に入れる区切りを自分の中に持つ方が、戻る選択肢よりも早く自分の心に平穏をもたらす気がしていた。

勾配は二次関数的に一気に険しくなっていた。既に足だけではなく両手も総動員してその山を登っていた。
群衆は姿を消し、自分を含めた数人だけがそれを登っていた。多勢の彼らはどこにいったのだろうか。
残されたのは同じ道を行く同士ではあるはずだがそこに絆や連帯感はない。

少し前を行く者が頂へ到達した様だ。縁に手をかけよじ登っている。
過去を振り返ることはなくその先へ行ってしまった様だ。
後に続く者に手を差し伸べて引き上げることはない。
程なくして自分もそこへ辿り着く。手をかける。

きゆさん

目の前には広場があった。

石畳が広がり、中央には噴水がある。
先ほどまでの仮初めの同士の姿は見当たらない。ここにはここの当たり前の暮らしがあるらしい。わたしのことを出迎えるものもなく遥か昔からそこに存在している様な人々の姿があった。

まるみさん③

用を足したくなったわたしは目の前にある厳かな建造物へ足を踏み入れた。
奥に進むにはチケットを購入する必要がありそうだったがその手前のエリア、左手の前方に目的のものが見えた。
男女には別れていないらしく、金で装飾された小さめのドアがひとつ。
使用中なのか鍵がかかっている。仕方なく待っていると後ろに列が出来始める。
やれやれ、これは気を遣う展開だと思い始めると扉が開いて中からとても小柄な女性が出てきた。
そして扉の奥はまるで最初からその女性の大きさに仕立てて作られた様な狭い空間だった。鏡以外は全て金で出来ていた。後ろで順番を待っている当たり前の人々は顔色一つ変えていない。

まるみさん④

意を決して中に入って扉を閉めて鍵をかけた。
満足に体を伸ばすことは出来ない閉塞感と、後ろに待つ者たちから受ける無言の重圧に息が苦しくなった。そのまま意識が遠くなった。


ユウさん①

ユウさん②

ゆきちゃんさん①

ゆきちゃんさん②


扉絵
かのちさん @kanochi_yori
挿絵
1,2, urさん @urdrop1
3,4,6,7, まるみさん @o_marumi_o
5, きゆさん @andyun323217
8,9, ユウさん @illustdrop
10,11  ゆきちゃんさん @POOLYUKI

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