つまらない大人になるな
あけましておめでとうございます。
とはいえ、去年の夜9時にお疲れ様でした!一年ありがとうございましたー!!!良いお年を!と職場で解散し、翌日。
元旦の昼にはあけましておめでとうございますー!なんて言うので、正直まったく年明け感がないのが実情。
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さてさて、2019年。
日本人の性なのか、なんとなく新年は新たな気持ちで始めなければと思ってしまうもの。
年末に雑誌に載る占いを、都合よく解釈するわたし。2019年から7年間は変革の時だと書いてあったので、これまた都合よく良い方向へ変革を起こすべく、新年の抱負をつらつら書いていこうと思います。
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まず、その占い。
星のなんたらは詳しくないのでよくわからないけれど、鵜呑みにするならば1940年代以来久しぶりの変革の時期らしいのです。
それを生かすも殺すも自分次第…とまぁ、よく読むよ、こういうのー。変革って単語がもうでかすぎて怖いよ逆に…思いつつ読んだ自分はいるんだけど。自分に頑張らせるきっかけはなんでもよろしい。いいことっぽいことは素直に信じるべし。
変革かぁ…とぼんやり考えていても、
はっきりと浮かんでくるものもなくて。
新年の目標に大きく掲げられるものも見つからず、唸った大晦日。
考えあぐねた結果、
しっかり暮らす。
に落ち着いたわけです。
じゃあわたしのしっかり暮らすって一体全体なんなんだいってことなのですが、まずは家のことをきちんとする、年齢と怠惰に体型を振り回させない、お金の管理をきちんとする、あとは思考整理のためにちゃんと文章を書く、つまらない毎日に自分が飽きないように、少しの冒険をする。
つまり、サボり続けていた
《当たり前っぽい人間的な感覚》
をちゃんと研ぎ澄まさなければ、と思ったわけです。
別に人間らしい暮らしをしてないわけではないと思うのですが、なにせズボラ。
ネガティブな感情には引きずられやすく、ポジティブなものを遠ざけていたのは、誰のせいでもなく自分のせいだと振り返って気づきました。
ズボラも過ぎると、部屋が散らかるとか、
太るとか、イメージできるものを通り越して、
ダラダラ過ごしたいから過ごしただけなのに、
あーあ毎日つまんないーとか言い出し始める始末。
少し片付ければ元に戻る部屋の散らかりなんかとは比にならないくらい、そこまでいったらなかなか元には戻らない。
つまり今そういう危ないところにいるなぁ、と自分ですごい危機感があるな、と感じて恐怖。年始早々こんな怖い思いしてどうするんだと自分を叱りつつ、2019年はまず、そこのテコ入れからして行こうと思ったのです。
だって自分で選んでそうしてるのに、
なんかいいことないかなぁーって家でおせんべいばりばり食べながら憂鬱になるのって、すっごいつまんないから。おせんべいはおいしいけど。
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学生の時のように、1年で人生を区切れるような明確な始まりと終わりがなくなったなーと思う。仕事は日々の連続で、昇進と無縁のわたしとしては区切りもない。
自分で何かを区切らなければ、そこにあるのはただ季節の変わる繋がった、ため息まみれのつまらない日々だけ。
ただし、大人にならないと長期的になりたい自分にフォーカスしてじっくり向き合う時間もなかったな、とも思う。
学生の頃はなにせめまぐるしかったから。
学期が始まり、イベントやそこそこの用事があり、テストがあり、またちょっとしたイベント、期末、長期休み。
友達と遊ぶのにも忙しく、1日があっという間だった。
思うに、わたしの場合、学生時代は人と一生懸命にかかわっていく時期で、そこから得たものを溜め込んだ分、深めるのは大人になってから、という順番だったんだろうと思う。
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始めるには少し遅くなったけど、このまま始めずに一生過ごすよりはずっといい。
今年1年で大きな変化がなかったとしても、
ちょっとしたことが自分にとっては今は大切な気もするし。
2019年、たまに怠けながらも、毎日を慈しめる人に近づけますように。
そして、あーいいことないかなぁーって神頼みする自分から卒業できますように。
進歩は少しずつでもいい。
なんたってわたしの変革の時間は7年もある(らしい)んだから。
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