Edwidge Danticat 『Without Inspection』
★★★☆☆
ハイチ系アメリカ人であるエドウィージ・ダンティカの短篇。
著者はハイチの首都ポルトープランスで生まれ、12歳のときにアメリカに移住したそうです。何冊か日本語に翻訳もされています。僕は知らなかったのですが、けっこう有名な作家なのですね。
ニューヨーカー2018年5月14日号掲載。
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物語は、建築中の高層ホテルの足場から主人公アーノルドが落下する場面で幕を開けます。地上が迫り来るなか、過去の出来事が回想されます。
アーノルドには奥さんのダーラインと息子のパリスという家族がいます。三人での幸せな情景がフラッシュバックし、さらに時間はアーノルドが亡命してきた日まで遡ります。
ハイチからアメリカまで四日かけてたどり着いたあと、アーノルドを含む亡命者たち十数人は沖合いで放り出され、陸まで泳ぐよう言われてしまいます。何人かはそのまま溺れてしまい、何人かはなんとか浜辺にたどり着きます。そこにいたダーラインにアーノルドは助けられます。
彼女もまたボートピープルとして前夫とパリスの三人でアメリカにやってきました。しかしその際、前夫は溺死してしまい、パリスにも深い傷を残します。その経験から、ダーラインは自分たちが上陸した浜辺で同じような亡命者を助けています。
やがて二人は惹かれあい、家族となります。
落下したアーノルドはセメントミキサーのなかに落ちて死亡します。
息絶える前に、霊魂となったアーノルドはダーラインの働くハイチ料理店にいきます。しかし、ダーラインは気がつきません。アーノルドの魂はダーラインと束の間の時を過ごします。二人が一緒になってハミングするシーンが切なく美しいです。
そして、アーノルドはパリスの小学校にもいき、メッセージを伝えます。
アーノルドの死は単なる事故として報じられて終わります。
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西インド諸島の作家というと、ハイチの隣国ドミニカ共和国出身のジュノ・ディアズがいますが、作風はずいぶんとちがいます。短篇一作しか読んでいないのに言うのもなんですけど、ダンティカの筆致は抑制がきいており、感情を交えず、淡々と描いている印象を受けます。
タイトルにある「inspection」は「審査」という意味です。題名はおそらく、「without immigration inspection」の意味で、「入国審査なしで」、つまり不法入国ということでしょう。
話は変わりますが、なんだかアメリカに移住してきた作家ばかりを取り上げている気がします。意図しているわけではないのですが、結果的にそうなっていますね。ニューヨーカーの選考の関係もあるかもしれません。