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『花は咲く、修羅の如く』は、今期、全人類が観るべきアニメである

本当は私だってこんなこと言いたくないのだが、タイトルの通りである。

どこから話そうか。まずは上のPVを観てほしい。それで本作を観る気になった人は、特にここから下の文章を読む必要はない

私はこのアニメをついさっき5話まで一気見して今この文章を書いている

そんなゲリラ豪雨レベルのニワカに本作を語る資格がないと言えばそれまでですがもう暴走機関車と化した私を止められる人はいません。書きたいので書きます。


「過去問百合小説」事件(2021)

私が中3だったころの話。

某都立高校を志望していた私は、受験直前だというのに一般入試の過去問にまったく手を付けず、苦手だった数学の問題集にほぼ全時間を注いでいた。自己管理のできない人間が塾に行かないとこうなる

推薦入試で落ちたあとに過去問をぜんぜんやっていないことが親にバレて(父親曰く「怒る気にもなれなかった」)、ようやく他教科も解き始めた。救いようのないレベルの後回し癖だが、今も治っていない。

そこで出会った国語の過去問を一つだけ覚えている。高校の放送部がNコンを目指す話だった。

Nコンというと同名の合唱コンクールを思い浮かべる人が大多数だと思うが、放送部が技術を競うという(合唱コンとは別の)Nコンも存在するのだ。

(どっちもNHKがやっているが、どう考えてもこっちのほうが「NHK杯」らしい気がする。まあ囲碁とかフィギュアにもNHK杯ってあるけど)

ともかく、その話が中3の俺にブッ刺さったのである。情景描写がいい。登場人物の心象の描き方が丁寧だ。いろいろ言いようはあるだろうが、今思えばその作品は完全に百合小説だった。

「<……>私、好きだってちゃんと伝えようと思って。先輩のこと大好きで、だから力になりたいって。ちゃんと伝えなきゃって、そう思ったら、気付いたらここにいたんです」
 言いたいことを全て言い終えたのか、彼女はすっと口をつぐんだ。その顔は真っ赤で、それが走り回ったせいなのか、それとも興奮しているせいなのか私には分からなかった。ただ一つ分かっているのは、私の顔もきっと赤いであろうということだけだった。

武田綾乃「白線と一歩」

いたいけな中学生に百合小説を読ませるとは何を考えているんだ東京都教育委員会。これが本番で出た年があるって信じられます?

その過去問百合小説は、武田綾乃さんの「白線と一歩」という短編だった。『青い春を数えて』(講談社文庫)に収録されている。

残念なことに、問題として引用されていたのは本編からの抜粋だった。受験生の私は、「春になったらぜったい短編集を買って続きを読むんだい」とモチベーションを爆上がりさせて勉強に勤しんだのであった……(?)。

その後は(無事に)志望校に合格し、この作品をきっかけに百合にどハマりしていくことになるのだが、それはまた別の話である。

Twitterで漫画第1話を読んだ(2022)

話を『花は咲く、修羅の如く』に戻そう。本作は漫画原作のアニメなのだが、その原作を担当するのは「白線と一歩」と同じ武田綾乃さんである。『響け! ユーフォニアム』の作者として知っている方が多いと思う。

冒頭で述べた通り私はアニメをさっき見ただけの人間だが、本作自体は連載当初から知っていた。Twitterで第1話が公開されているのを見かけたのだ。

あの過去問百合小説を書いた武田さんの作品とだけあって速攻で読み、期待通りバチくそ面白かったのだが、私は単行本を買わなかったのだ(愚かである)。無料で流れてくる第1話と数百円出さなければ読めない第2話の差は、かくも残酷である。

アニメを観た(今日)

そして今日、アニメ化された本作をアマプラで観た。

アニメ化自体は去年の暮れにPVを観て知っていたが、私はここ数年アニメをほとんど観ていなかったのだ。毎週決まった時間に塾にも行けない奴にアニメを1クール通して全話チェックする習慣が芽生えるだろうか? これが怠惰な大学生の成れの果てである。

ということで、時間を持て余していた今日になってまとめて5話まで観た。

本作は奇しくも「白線と一歩」と同じく、放送部がNコンを目指す話である。主人公・春山はるやま花奈はなは京都の離島に住む高校1年生で、朗読が好き。小さいころから島の子どもたちに絵本の読み聞かせをしており、聴き手を彼女の読む作品の世界に入り込んだような感覚にさせる。でも、自分に自信がない。そんな彼女が放送部に入り……という話。

まず作画がいい。主人公をはじめ登場人物の魅力をきちんと引き立てている。「引き込まれるような声」という難しい演出もやってのけている。そして声優さんの声というのは「よい朗読」とは違うベクトルだろうが、両者をうまく調和させているので観ていて自然だ。あと普通に百合。

そして何よりもサプライズだったのが、なんとこのアニメ、作中作として「白線と一歩」が出てくるのである。これ以上の詳細は控えるが、まあ、うん、(オタクの溜め息)

おれだって朗読してーよ!

実は私も小さいころから文章を読むのが好きだ。

例えば国語の時間の音読。苦痛だと感じる方も多かっただろうが、私はむしろ、もっと先生に当ててほしかった。

読んでいると、ただ読むよりも伝わりやすい読み方があることに気付く。例えばこんな文章だ。できる方はいまちょっと読み上げてみてほしい。

肝臓 Liver は,腹腔の右上部,すなわち右下肋部から心窩部さらに左下肋部にわたって存在する体内で最大の実質性臓器である.

伊藤隆・高野廣子『解剖学講義 改訂3版』(南山堂)

小学1年生のときに「読点は1秒空ける、句点は2秒空ける」みたいな読み方を習ったが、この文に適用したら完全にゆっくり実況である。

まず、「すなわち右下肋部から心窩部さらに左下肋部」までを一息で読むと、音声だけでは頭に入ってこないだろう。「すなわち/右下肋部から心窩部/さらに左下肋部」のように、自分で区切りとメリハリを付けなければならない。

その次の「にわたって存在する体内で最大の実質性臓器である」も同じだ。「存在する」を受ける名詞は何か? パッと見で読むと、直後の名詞の「体内」と繋げてしまいそうだが、もちろん「存在する」のは「実質性臓器」だ。「存在する/体内で」と一呼吸置く必要があるだろう。

ほかにも「腹腔の右上部」は「右下肋部から心窩部さらに左下肋部にわたって」という長い節の言い換え元であるから、少し強めに読んで、「右上部」のあとの区切りは少し長くすべきだなとか、ここで強調したい肝臓の性質は「実質性臓器」より「体内で最大」であることだから後者を強めに読むべきだなとか、伝えるための工夫はたくさんある。

私でさえこんなに思い付けるので、放送部の中高生とかアナウンサーの方とかはもっといろいろ考えているはずだ。

うまく伝えるためには、まず自分がきちんとその文を理解している必要がある。上で引用したのは私が医学部で使っている解剖学の教科書の一文だ。解剖学は複雑な人体構造を正しく記述するための学問であり、そのため言葉が重要視される。教科書を正確に読めないと始まらない科目だ。

これに限らず、「伝わる朗読」に必要な技術は、日常生活において不可欠な「正しく理解する」ためのスキルとそう違わないと思う。

本作は、「伝える」技術を磨く主人公たちが、だんだんと互いの気持ちまで伝えられるようになっていく暖かい作品だ。

アニメを観ていたら自分も朗読したくなってきてしまった。青空文庫の著作権切れの小説を読んでいるVTuberもいらっしゃる。おれもやりて〜。割と本気なので近日中にやるかもしれません。


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