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[秋帽子文庫]蔵書より_秩序が不断の破壊によってもたらされる件_その3

こんにちは。まだまだお昼は日射しが強いですが、朝晩が涼しくなってきましたね。
当文庫では、現在、朝の室温が摂氏26度になっています。ちなみに、ウミガメの卵は、温度によって生まれてくる子亀の性別が変わるそうです。
なんでも、29度より下ではオスの比率が多くなるらしく、当文庫の朝の室温は「男の子向け」な感じになっています。チョコレートが溶ける恐れがなくなって助かります。秋帽子です。

この度は、3回に分けて長々書きつづってきた「蔵書より」ですが、いよいよ3作目として、洋書の大冊をご紹介します。
Games Workshop社の、『Mighty battles in an age of unending war』です。
本書は、ウォーハンマーというTRPG/ミニチュアバトルゲームのシリーズから、「エイジオブシグマー」というタイトルにつき、世界設定・ルール・シナリオ・ユニットデータなどを詳しく紹介しています。
ウォーハンマーというゲームには長く複雑な歴史があるため、ここでは詳しく述べません。大雑把に言うと、「エイジオブシグマー」は、プレイヤーが自分でペイントしたミニチュアモデルを駒として持ち寄り、大きなテーブルの上に拡げたジオラマを舞台に戦いを繰り広げる戦争ゲームです。
将棋の藤井棋聖が、試合で用いる駒を、飛車は2頭立てのチャリオット、桂馬はカラフルな陣羽織をまとった騎士、という具合に、一つ一つリアルな手のひらサイズのフィギュアとして組み立て、きれいに色を塗って将棋会館に持参し、山あり谷ありの盤上に並べているような感じでしょうか?全然違うかもしれません…。
本場は欧米ですが、日本にも専属ショップや取扱店が複数あります。細密美麗な組み立て式ミニチュアモデルの他、基本ルールや設定などを記載した『コアブック』、陣営別の追加データ、シナリオ集等は日本語版でも買えますので、興味のある方は入手してみてください。
なお、舞台となる世界観が極めて多くの血しぶき・疫病・変異、そして死に満ちており(要するにあんまりカワイクナイ)、また、軍団一式をそろえるにはそれなりの根気と財力が必要なため、どこの国でも、プレイヤーの大半は成人男性と思われます(『コアブック』に掲載されたトーナメント大会の写真は、なかなか壮観です!)。

さて、ここで取り上げるのは、ゲームそのものではありません。
前2回で考えてきた、生物にとっての真実、
「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない」
という課題について、本書の世界観が大いに参考になるのではないかというお話です。

「エイジオブシグマー」は、シグマーという神様の率いる秩序の陣営(文明世界)と、これを破壊し滅ぼそうとする混沌の勢力との間の、永遠の闘争を舞台にしています。
かつてある世界(オールド・ワールド)で人類の守護神だった光の神、シグマ―は、混沌の軍勢に故郷世界を滅ぼされた後、別な宇宙にたどり着いて文明を再建しました。しかし、栄光と建設の時代は続きませんでした。神々の同盟関係は緩み、再び混沌の襲撃にさらされて、各世界を結ぶ要衝を巡る重大な決戦に敗北、シグマーは代名詞である強力なハンマーも失って、天界に引きこもってしまいます。
指導者である光の神がいなくなった他の世界は、阿鼻叫喚の巷と化し、流血の神や疫病の神、ミュータントを生み出す変異の神などのほしいままになっていました。
しかし、シグマーは諦めたわけではありませんでした。天界の宮殿から世界を見渡し、撤退の時に天界に連れ去った偉大な戦士たちの魂を強力な武装天使に鍛え直して、反撃の時をうかがっていたのです。やがて、ドワーフの鍛冶神から新たな武器である雷を授かると、シグマーは再び天国の門を開き、全宇宙で反撃を開始します。
シグマーの軍勢が降り立った後、各世界で繰り広げられる大戦争が、「エイジオブシグマー」の終わりのない戦い(アンエンディングウォー)というわけです。

本書に記された設定の中で、特に興味深いものが2点あります。
第1は、神の対立関係です。
文明側に立つ「秩序の」神々は、必ずしも、人間を保護してくれる優しい神ばかりではありません。たとえば、エルフの神は、光と闇の双子神で、宇宙全体の防衛よりも、自分たちの種族の救済を優先します。
秩序の維持者には、それぞれの管轄するルールがあります。このため、危機に際して、必ずしも人類を保護してくれるとは限りません。

多様な目標を持つ神々の中でも、特に、死の世界「シャイシュ」の支配者であるナガッシュは、戦乱の時代を必死に生き抜いている人々にとって、非常に危険な存在です。彼は、宇宙のすべての存在は、死んで彼の支配下に入るべきだと考えており、彼の手を逃れようとする行為は、全て裏切りとみなします。
シグマーが混沌と戦うために作り上げた、優秀な戦士が生まれ変わる天使の軍団は、ナガッシュの観点からは重大な窃盗行為です。このせいで、両者の協力関係は破綻してしまいます。
生者の視点からすると、死んでも再生する不死の状態は、ある意味究極の生命です(シグマーの戦士たちは、技術的問題により、転生を繰り返すうちに人間性がすり減ってしまうようですが)。
しかし、死の国から見れば、これは新しい優秀な住人を奪い去る、一種の泥棒に当たります。長期的に見ると、宇宙のバランスを危険にさらす行為なのです。権力欲が激しく、ルールを恣意的に解釈するナガッシュ個人の性格を抜きにしても、この言い分には一理あります。よく考えられた設定といえますね。

第2は、秩序でも混沌でもない、「破壊」の陣営の存在です。
ウォーハンマー世界では、オークやゴブリンといった鬼族は、「グリーンスキン」と呼ばれ、混沌の軍勢と並ぶ、文明社会への脅威と位置付けられています。しかし、逆に言うと、グリーンスキンは、文明の敵であっても、宇宙の原理を捻じ曲げる混沌の下僕ではないのです。
「エイジオブシグマー」では、グリーンスキンの神、ゴルカモルカが登場します。血沸き肉躍る破壊衝動の権化であるゴルカモルカは、シグマーの武勇に心服して、一時は秩序の同盟に席を並べます。
しかし、延々と続く神々の論争に飽き飽きした彼は、あるときついにブチ切れ、「ワアアアア!」の叫びとともに、あらゆるものを灰燼に帰す、グリーンスキンの戦群れを率いて世界を荒らしまわるようになってしまいます。目の前の一切のものを叩き壊しながら世界の端まで突進し、方向転換して、また反対の端まで壊しまくるという、迷惑な破壊神になってしまったのです。しかも、ゴルカモルカは、単細胞の脳筋くんではありません。彼は二つの頭を持ち、片方は狡猾さを司ります。建設的な使い方をしないだけで、知恵もちゃんと働かせているのです。

面白いのは、ゴルカモルカは、混沌神の一柱、血の神コーンとは一線を画す存在として描かれていることです。
これは、生物の中に宿る文明的でない側面、建設ではなく破壊を司る一面が表現されているものと理解できます。
人体の細胞が常に新しいものに取り換えられていくのは、古いものを壊す仕組みがあるからです。
種の全体で見ても、古い世代が老化するため、新しい世代による繁殖が活性化します。老練なものがいつまでも全盛期の力を残していたら、若者は活躍の余地が与えられず、息が詰まってしまうでしょう。それは長期的に見ると退廃を招き、秩序の維持を阻害する可能性があります。
したがって、秩序の陣営は、自分たちの都市を「きれいに」破壊してくれる存在を必要とし、その役割がゴルカモルカに割り振られているというわけです。

結局のところ、本書の描き出す世界には、文明の民に対する脅威として、(1)秩序神の中の不満勢力、特に、あらゆる生物がおとなしく死んで下僕にならないことに憤慨している、支配者意識満々の死の神、
(2)野蛮な暴力で全てを叩き壊す破壊の陣営、
(3)本来の敵である混沌の神々、
の3つが存在することになります。1つでも大変なのに、3つとは!
普通に考えれば、ゲームのための世界設定としては、秩序と混沌、神と悪魔の戦いという二元論で十分なはずです。しかし、その構図だと、秩序のために組み込まれている内在的な破壊衝動が、善悪の問題に回収されてしまう恐れがあります。たとえば、平和は善で戦争は悪だというような、単純なモラル化の危険があるのです。
本書からは、そのような単純な思考は生まれてきません。このため、読者は、心ゆくまで「終わりのない戦い」を楽しむことができるのです。

ところで、本書には、多くの細密なイラストが満載されています。中でも私がお気に入りなのは、天国に引きこもったシグマーが築いた、巨大な居城です。
中心には、「破壊された世界」という、地殻をはぎ取られて灼熱の内部がむき出しになった惑星(もしかして、かつてオールド・ワールドがあった星なのでしょうか?)があり、その周囲を取り囲むように、巨大な人工物のリングが建造されています。リングの中には、二つの大きな月と、ドワーフ神の六つの鍛冶工房があり、その周囲には、無数の宮殿や兵営、ピラミッド型の建物などが立ち並んでいます。
リングから少し離れたところには、光輝くドラゴンが、小さく描かれています(ドラゴンは、本書における希少なカワイイ要素です)。シグマーの盟友である神龍ドラコーションと思われます。
この城は、一度ならず二度までも混沌の勢力に敗退したシグマーの、失意と復讐心が込められたモニュメントで、名付けて「今度こそ勝つ城」とでも呼ぶべきものですが、いくら眺めていても飽きません。
いつか、この全景を再現したミニチュアを見てみたいものです。

2020年9月18日
秋帽子

〔所蔵品情報〕洋書、ミニチュアゲーム、豪華本
『Mighty battles in an age of unending war』
制作:Games Workshop in Nottingham
ISBN 978-1782539605
2015年、イギリス

30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.