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[秋帽子文庫]蔵書より_知ろうという姿勢に応える本

今週に入ってから、久しぶりに学生さんの姿を多く見ます。当文庫のすぐそばにある保育園も再開され、街に子どもたちの笑顔が戻ってきました。学校に行きたい人にも、行きたくない人にも、これから新しい出会いがありますように。秋帽子です。

さて、今回は、1982年に刊行された、三橋乙揶(おとや)『ガリヴァーの宇宙論』をご紹介します。
本書は、今風にいえば「マンガでわかる」系の科学解説本です。この分野では、同時期に赤塚不二夫『ニャロメのおもしろ宇宙論』が刊行されており、アインシュタインの相対性理論をわかりやすく説明した名著として知られています。
本書は「ニャロメ」シリーズほどの知名度はありませんが、異なるアプローチで著者ならではの「宇宙論」を描き切った傑作です。

『ガリヴァーの宇宙論』には、主題があります。
一つは、宇宙が「身近にあって遠いもの」という理解です。要するに、自分(宇宙についてのマンガを読んでいる読者自身)も宇宙の一部であり、宇宙とはオレであり、オマエであり、その周りにあるアレやコレや、それらをひっくるめたすべてが「宇宙」だということです。
したがって、本を読む人の大好きな、お酒やラーメン、生命史、社会問題、仏教哲学、空想物語といった事物も宇宙の一部であり、これを語るのも一つの「宇宙論」となります。人間は、これらについてよく知っているようで、その実、深く考えていないことが多いですね。身近なのでわかるはずという油断があります。宇宙という「近くて遠い」視座から観察することで、初めてその真理に触れることができるかもしれません。
結果、本書の巻末用語集は「宇宙論と食欲などにかんする用語紹介」と題され、「コペルニクス」や「不確定性原理」と並んで「金太郎アメ」「公害」「ジッポのライター」「しなちく」「ぼんのう」といった項目が立てられています。これらに関する記述も、立派な「宇宙論」の内容を構成するというわけです。

もう一つの主題は、知ろうという姿勢に応える、ということです。「疑問に答える」のではなく、「姿勢に応える」です。ここがたぶん、「ニャロメ」と違うところです。

---以下、引用---
よーするに「知ろう!!」とするシセイがだいじなのネ、それが君ィ科学なわけよ。だから君は、もう科学しちゃってるから、えらいいっ!!
(中略)ムフフ、そーゆう科学する君たちのために出来たのが、この本てわけなんだから、楽しくなっちゃうでしょう。
---引用終わり---

いかがですか、前書きからこの高揚感(気分がアガりすぎて「憧れのハワイ航路」を熱唱したりします)。燃えてますね。燃え尽きる程ヒートですね。「そーゆう」「科学する」などの80年代語法は薄目で見ていただくとして、この暑苦しいまでの躍動感、それでいて、ユーモアや間の取り方を忘れない軽やかさは、ただ事でない気がしますよね。
よくできた学習マンガでも、どうしても「正解を教える」という教育者目線からは離れられません。だって、そのほうが役に立つから。勉強になりますものね。なので、良心的に作られたものほど、「活字の教科書をマンガという形式で描いたもの」になりがちです。
でも、マンガはもっとスゴイ可能性を秘めたものです。本の外に作者がいて読者がいるというメタ構造を、活字よりも直接的・視覚的に表現できます。本書においては、案内役の「ドクター・ビット」は作者の分身であり、彼が発する強いメッセージは、「オレはこういうことだと思う。オマエはどう考える?」という、挑発的な問いかけになっているわけです。熱い心で宇宙探求の道に足を踏み入れた若人ならば、受け身で教わる姿勢を改め、自分の頭で考え始めずにいられないではありませんか。
かくして、読者の脳内で、宇宙論に関する無限の問答が開始されることになる仕掛けです。

本書が刊行された当時は、まだ「マンガ本」という言い方がありました。「コミック」のようなスマートさはなく、マンガは子どもが寝転んで読む気軽な娯楽であり、かつ、真面目な勉強の妨げになるものというのが、世間の良識だったと思います。
私が子どもの頃に読みふけった学研マンガには、裏表紙に、子どもにマンガを買い与えるご両親が安心できるようなデータや、識者の推薦コメントが記載されていたものです。
そうした意識から出発すると、つい「作品」から離れ、体系化された一つの項目を補充する「教材」になってしまいがちです。もちろん、専門知識をわかりやすく伝えることに徹したマンガがあってもいいですし、実際に優れた作品も多々あります。しかし、それだけではやはり物足りません。
宇宙論のマンガを読めば、「よし、オレも天文学者になろう」と思い、歴史のマンガを読めば、人間や社会を動かす力を知りたくなり、統計学のマンガを読めば、データサイエンティストにもあこがれる、そうした人の行動を変え、未来を生み出す作品がほしい。もっと出会い、当文庫に収めたいと考えています。
願わくば、私の制作物にも「人の心を動かす力」が宿りますように。

2020年5月27日
秋帽子

〔蔵書データ〕宇宙・天文、科学マンガ、ガロ系、ミュージシャン
『ガリヴァーの宇宙論』
著者:三橋乙揶
監修:堀源一郎
発行:ブックマン社
1982年1月25日 第一版
0040-582036-0039
備考:高校文化祭の古本市に出品されたもの。カバーなし。安藤君の蔵書印あり。

30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.