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【金字塔】第4部第1章 夢見る力

金字塔
秋帽子

第4部 王の間
第1章 夢見る力

1 王妃の船

 ―《首席出題者》トマルダかく語りき―
〔星占いでおなじみの、黄道十二星座。牡羊座から始まり魚座に至る星々は、各星座と結びつけられた神話のエピソードと共に、古来人々に愛されてきた。もっとも、星占いで用いるサイン(宮)と、夜空で見られる星座の範囲は、今日では一致していない。
 たとえば、毎日の星占いで「今日の月は獅子座にいます」と書いてあった場合、その日に夜空を見上げても、月が獅子座のレグルスと並んで見られるわけではない。ここでいう「獅子座」は、太陽の通り道である黄道を十二等分した、星占い用の区切り「獅子宮」である。
 星占いの基本的な考え方が生まれ、天球上に十二の宮が区分されたのは、今から何千年も前の話だ。当時、それぞれのサインに対応していた星々の位置は、現在ではかなりずれてしまった。これは、地球の自転軸がずれる「歳差」と呼ばれる現象のせいである。地球の自転軸は、地球が太陽の周囲を回る公転面に対し、23.4度と、かなり大きく傾いている。この軸が動くにつれて、星座の見かけの位置は移動しているのだ。星占いの理論が確立してから約二千年経った現在、宮の範囲と、元の星座の位置は、およそ宮一つ分ずれてしまった。暦の起点となる春分点は、かつては牡羊座の近くにあったが、現在では魚座に位置している。
 歳差によるずれが一回りする周期は、およそ二万六千年。人の一生にとっては途方もない年月に思えるが、人類全体からすれば、それほど長いわけでもない。人類の祖先がアフリカから大規模な移動を開始したのは、約五~六万年前のことだ。近年の発掘成果によれば、最初期の冒険者が故郷を旅立ったのは、約三十万年前と言われる。その頃から測れば、地軸の振り子は、すでに何度も回転したことになる。宮一つ分のずれが生ずる程度の時間など、人類が旅してきた年月からすれば、ささやかな一幕と言えるのかもしれない。
 ところで、占星術が生まれたのは、古代文明が栄えたバビロニアだ。彼の地で、天文知識が発達したのは何故か。一つ考えられるのは、「周りに高いものがない」という地域的な特性だ。メソポタミアの「黄金の三角地帯」では、周囲に、視界を遮る山脈や森林がない。地上の標識に頼れないため、自分の位置を知るのに、星を観測する必要があるわけだ。だからこそ、ジッグラトを築いて人工的に高台を作り出し、天の神々に並ぼうという発想が生まれてくる。
 「山がない」はともかく、「木がない」という環境は、日本人にはなかなかイメージしにくいだろう。巨大なジッグラトが、石やレンガを積み重ねて作られるのは必然である。東大寺の大仏殿のような、巨材をふんだんに用いた木造建造物を生み出すことは、彼の地の環境では、到底無理なことなのである。
 これは、エジプトでも同様だ。王墓や神殿が巨石で作られているのは、凄いといえば凄いが、レバノンなどから輸入しないと、大きな木材がないということの裏返しでもある。おかげで、王国の繁栄から数千年を経た今日でも、王は去ったが、遺跡はまだそこに建っている。〕

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30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.