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[秋帽子文庫]蔵書より_どっこい生きている

お久しぶりです。いつの間にか夏至を過ぎ、半夏生となりました。ここ数日の東京は、傘を差せば雨が降り止み、畳めばまた降る、「どっちなんだ!」という謎のお天気が続きましたが、今日は珍しくよい天気ですね。
自販機でアイスココアを買いました。秋帽子です。

ちなみに、しばらくご無沙汰していたのは訳がありまして…。
その訳とは、短く言うと「締め切り」です。「6月30日当日消印有効」の公募文学賞に応募する原稿を書いていたのです。
私の原稿執筆ペースからすると、「400字詰め原稿用紙換算で300~500枚」と指定された量を、実質3カ月弱で書き上げるというのは、ぎりぎりのぎりっぎり、だいぶ無茶なチャレンジでした。終盤は、当文庫の蔵書も、そちらの原稿の資料としてフル回転しておりまして、こちらでご紹介する余裕がなかったわけです。
おかげさまで、なんとか358枚相当の原稿が仕上がり、こうしてnoteにも顔を出すことができました。今後ともよろしくお願いいたします。

さて、今回は、2002年に刊行された、火浦功『トリガーマン! 1 2/5』(1と5分の2)をご紹介します。
トリガーマンというのは、簡単に言うと「宇宙の仕事人」ですね。チームで請け負う『シティーハンター』みたいなものです。
暗い過去を引きずる凄腕の主人公が、元締めミリアム率いる、とことん軽いノリのトリガーマン一家に(強制的に)スカウトされ、なんだかんだで毎回ドタバタギャグに付き合わされるという、滅法楽しい作品になっています。

ところで、タイトルに表示されている巻数が、なんだか中途半端ではありませんか。これは、1987年に刊行された『トリガーマン!Ⅰ』の内容(第1話~第5話)に、未収録作品と書き下ろし新作(第6話~第7話)を追加した、15年ぶりの増補新版という位置づけだからです。
要するに、
「続きがあるので『Ⅰ』と銘打ったけど、『Ⅱ』が当分出せなさそうなの。単行本化から15周年だし、5分の2でも新作1本あるから読んで読んで!」
ということなんですが、
本音はおそらく、
「各社・歴代担当編集者のみんなー、見てくれー!
火浦先生の原稿、取ったどー!」
ですね。

実際、このタイミングは危機一髪というところでして、本書の刊行から5年後の2007年には、版元の朝日ソノラマが廃業・清算しております。20周年まで待っていたら出なかった…。
承継先である朝日新聞社(現在は出版部門を分社化)のサイトには、「朝日ソノラマから引き継いだ本 全点リスト」というエクセルシートが掲載されています。これを見ると、『高飛びレイク(全)』(ハヤカワ文庫版3冊を合わせた増補版)と『スターライト☆ぱーふぇくと』(コバルト文庫版3冊を合わせた増補版、挿絵がない)の、ノベルス2冊は記載されていますが、トリガーマンは記載なし。他社作品の再編版が残って、自社雑誌(獅子王)掲載作が残らないというのも、諸行無常の観がありますね。
そんなわけで、担当編集者様のご尽力がなければ、私は「千人殺しのフェニックス・山田」対トリガーマンチームの結末を読むことができなかった可能性が高いです。長年「Ⅰ」を愛読してきた者として、「グッジョブ!」と言わせていただきます。

今回、ふと気が付いて計算してみたところ、火浦先生も御年63歳。
麻のスーツにニットタイ、サングラスを外せば優しい眼差しで癒される、永遠の若旦那をイメージしていた一ファンとして、思っていた以上に時の流れを感じてしまう数字です。
「完」だの「ぱーふぇくと」だのと銘打たれてしまった、レイクとスターライトシリーズは一区切り。トリガーマンやみのりちゃん、未来放浪ガルディーン(パトレイバーの兄弟企画で、「赤川次郎より売れた」大ヒット作)は、相変わらずの「未完シリーズ」という位置づけになると思うのですが、そのへんは気にせず、今、面白いと思う新作を、自由に書いていただきたいと思う今日この頃です。

本書のように、人気作家の未完シリーズが、時を経て再び書店の棚に並ぶことは、珍しくありません。平成以降の出版界における構造的変化により、書店の棚に並ぶ本の寿命が非常に短くなっていることも、影響しているのでしょう。
中には、萩尾望都『ポーの一族』のように、本格的な再始動となる場合もあります(ご存知なかった方は、今月号の「月刊flowers」をお読みください。これは本当にすごいので、そのうち別にご紹介しようと思っています)。
また、北村薫「円紫さんと私」シリーズ第6作『太宰治の辞書』のように、たまたま相応しい題材を得て、懐かしい主人公が蘇るケースも(もっとも、初々しい新人編集者だった主人公は、一気に、子育て中のママさんに。このため、前作のラストで大いに期待させた恋の顛末は、ついに語られないほうに確定してしまいました)。
さらに、完結後、読み切りなどで着々と描き続けられた作品がまとめられる幸福なケースもあります。ついに「10巻」が出た、ゆうきまさみ『究極超人あ~る』には、第9巻からのあまりの地続きぶりに感動させられました。2018年にもなって、まだ新作で春風高校の生徒会長選挙が読めるとは…。
しかし、多くは販促用のおまけというか、ファンサービス的な意味合いではないかと思います。15年、20年も経てば、同じ作家でも、作風や文体(マンガの場合は画風)は随分と変わっています。中断前の「そのままの続き」を成り立たせるのは、難しい作業ではないでしょうか。
たとえば、安永航一郎『県立地球防衛軍』は、2013年の「完全復刻版」で、各巻に1話ずつ、新作が追加されました。『青空にとおく酒浸り』連載当時の絵柄で、懐かしの正月仮面やグリコーゲンXが描かれており、ファンには嬉しいことです(中身も面白い!)。
しかし、同じ作者の『陸軍中野予備校』第4巻~第6巻を約5年間待っていた(中高生にとってはすごーく長い時間でした)頃に比べると、やはり歳月の隔たりが大きく、このエネルギーを投じた新作を読みたいという感じもしましたね。

トリガーマンに話を戻しましょう。
本作は、パワードスーツや太神楽のお染ブラザーズなど一部のネタを除けば、時の流れにより風化しにくい作品だと思います(「トリガーマン」というネーミングが、一番古びてしまったかも…)。
物語で扱われているテーマが、「復讐」「強欲」「面子」「完璧主義」といった普遍的なものであること。また、キャラクターもそれぞれにわがままで、筋書きを進めるための道具になっていないこと。
元ネタである「必殺仕事人」も、主人公を替えて存続しているようですし。この先、たとえ続きが書かれなくても、新しい読者にも、きっと楽しんでもらえることでしょう。
だから、2002年の「1と5分の2」は、この時点で、世に出す価値があったのだと思います。
もはや戻らない過去をしのびつつ、お気に入りの一節をご紹介させていただきます。

---以下、引用---
 種子島無鉄砲。
 最後の侠客と呼ばれ、重要無形文化財にも指定されていた、バンザイCITYの元・顔役は、立ったまま絶命していた。
 検死解剖の結果、銃弾が彼の体を貫く前に、彼の心臓はすでに停止していたことが、今では判明している。
 右肩に昇り竜。肩に下り竜。そして、背中の中央に描かれた鉄人28号。――この見事な彫り物は、連邦の大学病院に標本として保存され、現在も、それを見ることができるという。
 享年七十六歳であった。
---引用終わり---

どうです、格好いいでしょう。特に鉄人28号がいい。同じシーンを絵にしても、たぶん一度しか笑えません。でも小説なら、何度読んでも、この鉄人を味わえます。
これぞ小説家の技。選び抜かれた言葉の冴え、練り上げられた文体の力だと思います。徹底して「美学」を貫く者は、人を魅了するのです。狙った相手は必ず仕留める、《美しきブロンドの狼》キース・バーニングのように。

2020年7月2日
秋帽子

〔所蔵品情報〕ソノラマ文庫、伝説の遅筆作家、ハードボイルド&ギャグ
『トリガーマン! 1 2/5』
著者:火浦功
イラスト:高橋明
発行:株式会社 朝日ソノラマ
ISBN 4-257-76982-3
2002年
(※)旧版『トリガーマン! Ⅰ』は秋帽子自宅に所蔵

〔参考文献〕
『完全保存版 火浦功伝説』
編集・制作:アスキー出版局(米田裕)
発行:株式会社 アスペクト
ISBN 4-89366-314-3
1994年

30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.