机上ではたらく「技能士」資格:知的財産管理技能検定とは
2024年10月31日
秋帽子
知的財産管理技能士の秋帽子です。
本記事では、note編集部の月替わりテーマ企画「ハッシュタグ『#有料記事書いてみた』」にのっとり、「キャリア・受験」をテーマにしています。
「有料記事が読まれやすくなるキャンペーン」という企画の性質上、後半に有料部分もあります。一般には目にする機会の少ない情報も納めておきましたので、もし関心があれば、最後まで読んでみてください。
1.事務職もデジタル人材に転換しよう
(1)リスキリングとは、事務職員がエンジニアになることなの?
昨今、大部屋に机を並べて働く事務職員、デスクワーカーの仕事内容に、「デジタルトランスフォーメーション」(DX)という、変化の波が押し寄せています。
そこで求められているのが、「大人の学び直し」です。社会人が、これまで身に付けてきた職業上の技能とは異なる、新たな技能を習得することで、DX人材に生まれ変わろうというわけです。中でも、企業が、既存事業の従業員を、成長分野の業務に適用させる「リスキリング」は、社会人教育の分野でキーワードになっています。
もっとも、事務職員の机上にパソコンが置かれるようになってから、すでに20年以上が経過しています。今さらデジタル化とは、一体何を学べばよいのでしょうか。営業や総務、人事、経理などとして様々な経験を積んで来た人材が、これからはITエンジニアに転職するためのスキルを身に付けろということなのか?
当惑しつつ、とりあえず流行りのおしゃべりAIの使い方を学んでみたという方も、いらっしゃるのではないでしょうか。
まあ、それも良いことですが、本記事では、大人の学び直し課題として、「知的財産管理技能士という選択」を提案したいと思います。
(2)いそいそと「つくば宇宙センター」に出かけたワケ
知的財産管理技能士とは何か?をお話するまえに、まずは、私たちが何に関心をもち、どのように新しいビジネスの世界に適応しようとしているのか、その一端をご紹介しましょう。
ときは2024年8月某日、私たち知財技能士の有志一同は、つくばエクスプレスの「つくば駅」に集合し、タクシーに分乗して、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「つくば宇宙センター」に向かっていました。知的財産管理技能士会、研修委員会の企画した「特別研修」の始まりです。
意見交換会が行われる広い会議室には、現役のJAXA職員の方々が来てくださいました。なにせ「宇宙センター」の人たちですから、科学者の先生や、技術畑の人材ばかりかと思いますよね。しかし、自己紹介を聞いてみると、いわゆる「文系」出身の、非エンジニア人材管理職やスタッフたちが、重要な役割を担っていたのです。
もちろん、日本の宇宙開発組織が、当初からこのような構成だったわけではありません。昨今の社会的変化に適応するために、意図的に組織改革や、人材の採用・育成を行った結果なのですね。
[参考]JAXA知的財産ポリシー
「知的財産活動における外部との連携を適切に遂行するために、JAXAは職員・組織が保有する知見、人的資産、構造資産、関係資産を含めた無形資産を知的資産として認識し、自ら創造した知的資産を社会で活用可能な知的財産として識別・顕在化し、効果的・効率的に活用するための知的財産マネジメント体制を構築する。」
「JAXAは、人的資産を知的資産として認識し、自らの職員を宇宙航空分野における知的財産人材として育成を行う。具体的には、構築された知的財産マネジメント体制の下で、全ての職員に対し、知的財産に係る規程や契約の基本的な考え方を周知、理解浸透させるべく知的財産教育を実施する。
教育の実施にあたっては、職員に対し、知的財産は情報セキュリティに深くかかわるとの認識を持たせるとともに、産業振興のために効果的・効率的に知的財産を保護し活用する手法を学ばせる。」
いざ車座になって意見交換会が始まると、それも納得のエピソードがたくさん。
会員限定企画につき、具体的な内容は伏せますが、たしかに、国際特許出願やライセンス契約に関する知識など、知的財産の管理技能をもつスタッフを多く抱えていなくては、様々な部署や外部組織と協力して、高度な技術開発や、研究成果の社会還元・収益化などを進めていくことは難しそうです。
また、ロケットや人工衛星の技術は、軍事的にはミサイルや偵察・誘導に関わる技術。この分野につきものの、国家安全保障的セキュリティ問題もあるようですね(その意味でも、タイムリーな訪問となりました)。
意見交換会の後、通常のガイド付き見学コースにも行きました。
なるほど、観光用のコースでも、機密エリア内では厳しいセキュリティが…。ガイドは監視役でもあるわけですね。
見学コース上にある、たいていの展示物は撮影できます(むしろ撮るように促されます)。しかし、国際宇宙ステーションの管制室は例外でした。管制室の画面に映る情報の中には、ふさわしい資格がないと触れることの許されないものが含まれているからです。まさに、先端技術やノウハウの詰まった現場は、知的財産保護の最前線であることを実感させてくれるひとときでした。
こうした研修会などを通じて、私たち知的財産管理技能士は、日々、知的財産を取り扱うためのワザを磨いています。ワザとは、個々のヒトが熟練して身に付ける「技能」のことです。
技術の概要は、客観的な知識として他人に伝えることができます。
しかし熟練のワザは、それを磨いた個人に属するもので、他人が直接学ぶことはできません。それゆえ、優れたワザをもつ仲間がいれば訪ねていき、個人同士の対話を通じて、互いにワザを盗み…、(オホン!)高めあっているわけなのです。
(3)発明はAIがする、イラストや動画はAIが描く、ならば管理するヒトが必要だ
前置きが長くなりました。ではいよいよ、なぜ事務職人材が、エンジニアではなく知的財産管理技能士を目指すのかについて、お話しましょう。
知的財産とは、アイデアやデザイン、文学・絵画・音楽などの作品、プログラムやデータベース、ノウハウ、ブランド名、営業秘密など、「物」ではないが、経済的な価値をもつ財産の総称です。
主要な知的財産には、知的財産権として、法的な保護があります。たとえば、新しい発明は、特許権や実用新案権で保護されます。製品の形状は意匠権、商品の名称は商標権、といった具合です。また、不正競争防止法や独占禁止法といった法律にも、知的財産権保護の規定が置かれています。
ですから、知的財産管理技能といった場合に、特許などの出願を行うスキルというイメージをもつ方もいらっしゃるでしょう。もちろん、それも間違いではありません。実際、私が出会う知的財産管理技能士の多くは、大手製造業知財部所属の特許マンや、弁理士事務所のスタッフなど、いわゆる「知財業界」の人たちです。彼らの技能は、正確には、出願手続きの書類を書く能力だけではなく、特許価値の評価やパテントマップの作成、市場分析、出願戦略やライセンス戦略の立案といった、事業の進め方に関する提言や情報管理を行う能力であり、まさに熟練のワザを必要とするものです。
ただし、これからは、従来とは異なる視点から、知的財産管理技能をとらえる必要が出てくるでしょう。コンピューターの計算能力が大幅に向上し、人工知能の実用化が進んだことで、事務職員が日々働くオフィスにも、生成AIを使ったサービスが入り込むようになりました。
たとえば、知りたい情報をインターネットで検索すると、最初に表示されるのは、生成AIが作った回答だったりします。でもその回答、業務でそのまま使ってよいものでしょうか?
おそらく、そう遠くないうちに、オフィスで使うワープロや表計算、メーラー、データベース作成などのソフトウェアも、最初からAIが組み込まれた状態になるでしょう。毎日何通も海外から届く詐欺メールの完成度を見ていると、それ以外の普通の業務メールについても、一部はAIが書いている可能性が高いですよね。
さらにいうと、これまでヒトがやっていた業務も、しだいにAIに置き換えられていくでしょう。ではヒトは何をやるのか。AIが次々に生み出す大量の生成物の管理です。
そもそもAIに何をやらせるのか、考えるのはヒトです。その際、自社の知的財産として権利化できるものとできないものを区別し、他方で、他者の権利を侵害していないか、営業秘密に触れていないか、見張らなければなりません。これ全部、知的財産の管理ではありませんか。
こうなると、エンジニアでも「理系」でもない全ての人が、営業も総務も人事も法務も(たぶん経理も)、知的財産管理技能に無縁ではいられません。
もちろん、知的財産に関する様々な問題を、全て自分で解決する必要はありません。まず誰に相談したらいいか、リスクの振れ幅はどのくらいか、自分たちの部署で初期判断し、上司に提言できるだけでも違います。「わからないから後回し」を減らすことが貢献です。
だとしたら、今のうちからワザを磨いておくことで、営業も総務も人事も法務も経理も、デジタルトランスフォーメーション人材になれるのではないでしょうか。
問題は、どんなワザを身に付けるのか、その練度をどうやって評価するのか、ということです。そこで、国の資格制度のひとつである「知的財産管理技能検定」の出番になります。
2.ワザを得て、使って、磨いた人が「技能士」
(1)ワザを直接評価する、それが技能検定
技能検定とは、働くうえで身につける、または必要とされる技能の習得レベルを評価する国家検定制度です。
とびや左官といった建設関係、パン製造や菓子製造などの食料品関係、時計修理、印刷製本など、様々な業種の技能が評価されます。マリオブラザーズでおなじみの配管工も対象ですね。
「技のとびら」というポータルサイトもあるので、興味のあるかたはご覧ください。技能五輪などの競技会も紹介されており、なかなか読みどころがありますよ。
そういった多種多様な技能の中に、知的財産管理技能も含まれています(残念ながら、まだオリンピック種目ではありません)。国家検定ですので、いわゆる国家資格の一種であり、評価される技能の内容やレベル設定は、経済産業省の定める「知財人材スキル標準」に準拠しています。試験実施機関は、民間団体に委託されています。
技能検定であるため、知的財産管理技能検定は、普通の資格試験とは違うところがあります。それは、「実技」があること。実技試験といっても、そこは知的財産管理ですから、実際にパン生地をこねる試験や、パイプを曲げる試験があるわけではなく、ペーパーテストで評価します。実際の業務の現場を想定した事例に沿って、具体的な判断を問われる試験になっているのです。
また、二級や一級を受検する要件に、一定の実務経験が含まれています(会社発行の証明書などを求められることはないため、要件を満たしているかどうかは自己判断ですが、ウソはいけません)。
このように、実務的な判断も求められる試験ですから、受検者のもつ知的財産管理技能が、直接評価されるようになっています。国家試験の中には、行政書士試験のように、合格後の実務に直結する出題が少ないものもありますよね。それとは正反対の、非常に現場志向の強い資格といえるでしょう。
(2)似た資格もあるみたいだけど?
さて、資格試験という観点からすると、知的財産に関する資格は他にもあります。どれを取ったらいいんだろう、という疑問は、たまに聞くことがあります。
とはいえ、資格は外部からの評価であって、技能そのものではありません。正直なところ、複数取っても損はないし、実際、併用者は多いです。
ここでは、特に関連性の高い2つの資格について、簡単に紹介しておきましょう。
①弁理士試験:いわゆる「士業」(しぎょう)資格、つまりセンセイと呼ばれる法務専門家の一つである、「弁理士」になるための試験です。弁理士試験に合格し、実務修習を修了した者は、「弁理士となる資格」が得られます。
弁理士は、特許や商標など知的財産権を取得するための手続きを行い、また、顧客の問い合わせに応じてコンサルティングなどを行います。訴訟代理権ももちます。法務に詳しくない方は、「弁護士の知財版」とざっくり理解しておけばよいでしょう。
独立開業を前提とする資格なので、試験の難易度はもちろん、資格取得後、収益化までのハードルも高いです。
②ビジネス著作権検定(著検):知的財産権のうち、著作権に的を絞った資格試験です。国家資格ではありません。
ビジネス著作権検定の上級合格者は、一級および二級知的財産管理技能士の受検資格を得ることができます(つまり、三級をパスして二級から受検できる)。
試験は、「リモートWebテスト」による在宅受験形式です(過去に私が受けたときは会場受検だったと思いますが、いつの間に…)。会社の会議室で受けることができるのは便利ですね。ウェブマーケティングやイベンター、動画版権管理など、日常的にコンテンツの管理にかかわる部署が、基本的なスキルの取得・維持の一環として、部員全員で取得するような用途に向いています。
いかがでしょうか。それぞれ、資格の性格が異なりますね。
とはいえ、学ぶべき法令などは共通しているので、知的財産管理技能検定で二級に合格できる実力をもつ人なら、どの試験に挑戦しても構いません。
3.未経験、知財「ミリしら」人間は三級・二級にこう挑め
(1)受検は机上で完結する
では、これから知的財産管理技能士を目指す人の立場から、三級または二級知的財産管理技能検定を受検するときのポイントについて、ご紹介しましょう。
実は私は、かつて通信教育講座の講師として、知的財産管理技能検定を担当していました。
その経験をふまえて申し上げると、知的財産について全く知らない未経験者でも、この試験には合格できます。契約法(民法)や行政法の知識がある人は、少しだけ楽ができます。しかし、テキストを始めて読むときに「何の話をしているのかわかりやすい」という程度で、それほど大きな違いはありませんから、気にしなくて大丈夫です。
むしろ、後で説明する公式テキストの特性から、大学や資格試験の勉強で、法律を体系的に学んできた経験があるオジサンやおばさまたちは、ちょっと戸惑うことがあるかもしれません。
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