『長岡の花火』
長岡の花火大会、
ご存知ですか。
どんなイメージですか。
私が『長岡の花火』を知ったのは、
山下清のちぎり絵でした。
10年以上前のことです。
当時、今ほど絵や美術館に興味がなかったので、そのときは母親に付き合って見に行ったのですが、
そのちぎり絵を見て、
今までにない衝撃を受けることとなります。
花火が夜空にあがっていく、
信濃川の水面にうつった花火に、
奥に続く何十万人の観客。
漆黒の夜空も、大小鮮やかなまんまるの花火の輝きも、上がっていく火玉も、無数の観客の顔もざわめきも、全部、全部、
何もなかった紙の上に、何万、何十万もの小さな小さな千切られた紙だけで描かれた花火。
全身に鳥肌が立ちました。
こんなことが、人間の手でできるものなのか、と思いました。
それは、魂のこもった、とか、
執念、とか、
そんな気迫も感じさせる中で、
人を感動させようとか、上手く描こうとか、そんな邪心は全く感じさせない、
山下清が自身の心をとおして、見たままに表現なさった、
花火への純粋な純粋な思いが表されているようにみえました。
私はひと言も言葉が出ず、
一緒に行った母にさえ感想を言うことができず、
ただただ、このときの感情を、
隠し事のように誰にも言わず、今まで大切に持ってきました。
とにかくこの絵のことを、軽々しく言葉にするのがこわいという感じでした。
自分の知っている言葉では、
とてもあのときの感情を表すことができないとわかっていたので、
私の拙い言葉を口にすることで、
あの感激を軽いものにしてしまうのを恐れたからでありました。
今年、その長岡の花火大会へ行くことが決まり、
大事に大事に持ち続けていた『長岡の花火』の絵葉書を、母のところへ持っていき、
『今まで色んな絵を見てきたけど、
これほど感動したことはなかった』
と、初めて口にしました。
そう口にすると、
なぜか涙が流れました。