【百合】薄暗い夏の花【微エロ】
私の初めての中イキは彼女の薬指だった。
高校最後の夏休みだった。
暑い夏の日の、冷房の効いた、狭い屋根裏部屋のパイプベッドの上。
デスクに置かれた奥行きのある真四角のパソコンがチラチラ光りながらジジジと音を鳴らし、私たちを覗いているようだった。
小刻みだった呼吸がふっと止まったあと訪れたその瞬間、切なさを抱えていた気持ちが溢れるみたいに、私は泣いてしまった。
生理現象の涙のようで、だけどほんとうに悲しくて、こもった鼓動が頭に響くくらい鳴っている気がして、いろんな感覚の刺激に胸が苦しかった。
「大丈夫?」
指を入れたまま、泣いている私を静かに見守っていた恵理が言った。
恥ずかしさから顔を見れないまま私はうなずいた。
恵理がゆっくりと薬指を抜くと、彼女の指はカクカクと痙攣していた。その愛しさすら感じる動きに私は頬が緩み、恵理も照れながら微笑した。
そのままお互いの背に手を回し静かに抱き合う。
私からはずっとブラウン管モニターのデスクトップ画面が見えている。この薄暗い部屋で、私たちを監視するようにチラチラと、静電気を感じさせるぼやけた光を放っている。
ここは恵理の姉がもともと使っていた部屋らしい。
そのひとはもうこの世にいない。
自殺したとのことだった。
「ねぇ、志帆……」
恵理が寂しそうに甘えた声を出す。
「あたしたちって、あれだね」
「え?」
「ずっと一緒にいられるかな」
「うん……」
「好き」
「私も好き」
不安ばかりがあった。
恵理は夏休みに入る前から学校に来ていなかった。精神的なことが理由だった。
一方私はなにかに操られるように学校に行き、誰とも関わらず、居心地の悪い家に帰り、勉強もせず、逃げるように閉じこもり、いろんなことから目を背ける生活をしていた。
夏休みに入り、ホッとしたのも束の間、不安は常に消えてくれない。
だから私は恵理のことだけを考え続けた。
それなのに、やっぱり不安でしょうがなかった。
「すべての嫌なことから逃げ続けたらどうなるんだろう」
学校に来なくなったころ、恵理がそんなことを言っていた。
もう逃げる手段がなくなったとき、どうしようもなくなった最後、どうなってしまうのかと、彼女は怖い話をするみたいに言った。
私は恵理の背景に、会ったことのない彼女のお姉さんの影が浮かんで嫌な予感がした。
「わからないけど、もし私か恵理がその状況になったとき、それでも私たちは一緒にいよう。それだけでなんとかなるような気がする」
私はあのときのその返答が、間違っていたのかそうでないのか、物憂げに微笑んだ恵理の表情から汲み取ることはできなかった。
「今日は花火だね」
服を着ながら恵理が言った。
私はさきに着替えを終え漫画を読んでいる最中だった。
そうだね、と私は言った。今日は河川敷の花火大会だ。
「うちで一緒に見ようよ」
「ここから見えるの?」
私はこの部屋の一つしかない小窓を覗いてみたが、せいぜい住宅街の一部が見渡せるだけだった。
「屋根にのぼれば遠いけど見えるよ」
「屋根?」
上を指し示した恵理の指を見て私は胸が高鳴った。
恵理がそんな私を見て笑う。
その後ろでジジジ、とパソコンがこっちを見ていた。
「志帆、こっちだよ」
ベランダから屋根に移り、なだらかな坂を上る恵理は躊躇がなかった。この家の一番高い場所に座り、私たちは薄暗くなった空を眺めた。
河川敷に向かう車や自転車の通りが多く、歩いていく人も確認できた。
夏休みはすでに半分を過ぎている。
しかし世間はどこか楽しそうに見えた。
私は相変わらず不安で、それは花火を見たって解決するたぐいのものではない。
ただ、隣に恵理がいて、目が合うとドキドキした。
「あ!」
恵理が妙な声を出したとき、一発目の花火が上がった。
私はびっくりして横を見た。
彼女と目が合い、その感動を分かち合った。
「きれいだね、志帆」
「うん。ありがとね、恵理」
「え?」
「今日のこと全部」
「あたしもありがと」
遠くで上がる花火を見ながら、お互いの楽しげな顔を見合わせ笑った。
テンションが上がってキスをして、昼間のことが蘇り、私はドキドキして、一瞬ブラウン管のパソコンが脳裏をよぎり、自分が泣いたことを思い出し、家や学校のことが浮かんできて、でも花火を見て、隣りにいる彼女を見て、私はなんだか、すごくいろんなことに胸が締め付けられた。
こういうぐちゃぐちゃな感情に名前ってあるのだろうか。
まるで花火みたいだと思った。
視界がぼやけてきて、あれ?と思ったときにはすでに泣いていた。
「志帆……」
「あっ」
恵理が私を抱きしめた。
生きるってことだと思った。