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単語末の「е」が発音できない 〜ロシア語の場合〜

私がロシア語の勉強を始めたのは高校生の頃である。

当時の私は英語が苦手で、成績も非常に悪かった。ロシア語を勉強しようと思った理由はいろいろあるのだが、主な理由のひとつとして「英語が苦手だから英語じゃない言語をやりたかった」という気持ちがあったのは確かである。

ロシア語の勉強は、個人的にとても楽しかった。いつどこで使うのかもわからないのに学校で勉強させられている英語に比べ、日本のすぐ隣国の言葉であるロシア語を勉強するということは、より意味のあることのように思われた。英語の文字としては、教科書に載っているだけで当時既に学校では教えられていなかった筆記体を自分なりに覚えて愛用していたが(この点に関しては英語も嫌いではなかったかもしれない)、ロシア語の文字の筆記体も、やたらとカッコよく思われた。

さて、ともかくも英語が苦手なことをひとつの理由として始めたロシア語だが、思わぬところで発音上の困難に突き当たった。

ロシア語の単語の、語末の「е」が発音できないのである。

ロシア語の「е」は、アクセントのある場合は「イェー」、アクセントの無い場合は「イェ」またはそれに近い音で発音される文字で、黙字になることは基本的には無い。単語末にある場合でも当然発音される。例えば

  • вместе (一緒に)

  • простите (すみません、ごめんなさい)

の発音は、「ヴミェーシチェ」「プラシチーチェ」のようになり、語尾の「е」はきちんと母音として発音されている。

しかし私は、それらのことを頭の中では理解していても、実際に綴りを見ながら発音しようとすると、

  • вместе → ヴミェースト

  • простите → プラシチート

のように語尾の「е」を落として発音してしまいがちだった。

ロシア語で「РЕСТОРАН」が「ペクトパー」ではなく「レストラン」(より正確な発音は「リスタラーン」)なのは一部で有名な話だが、これを「レストランで」という場所を表す表現にするには、前置詞の「в」を付け、さらに「ресторан」の語尾に「е」を付けて「前置格」という形にし、結果的に

  • в ресторане (ヴ・リスタラーニェ)

という形にする。しかし私はこれも、「ヴ・リスタラーン」と読んでしまいがちだった(なお、「ヴ・リスタラーン」すなわち「в ресторан」も、「レストランへ」という方向を表す正しい表現である)。

どうしてこのような発音をしてしまうのか。最後の「в ресторане」の例は、「お前はロシア語の格変化が分かっていないのだ」と言われそうだが、他の例と合わせて考えれば、他の理由に行き当たる。

すなわち、「英語」である。

ご存知のとおり、英語では基本的に単語末の「e」は黙字であって発音しない。例えば

  • name (名前), table (テーブル), wave (波), enable (可能な), disable (不可能な), gone (去った), stone (石), shine (輝く)

などは、いずれも末尾の「e」は発音しない。これらの単語末の「e」は、古くは母音として発音されていたものが現代では発音されなくなった、という歴史的な経緯で付いているものが多いが、一方で「直前の母音を長母音で発音することを表す記号」のようにも使われている。例えば

  • wine (ワイン)

という単語は、歴史的には語末に「e」が付かないのが正しいが、単語中の「i」を「アイ」と読ませるために人工的に語尾の「e」が付けられたらしい。そうかと思えば

  • none (無い), done (した), comfortable (快適な)

のように直前の母音が長母音でないにもかかわらず「e」が付いているものもある。厳密には英語においても、

  • she (彼女), he (彼), me (私)

のように母音が語尾の「e」しか無い場合はその「e」は発音されるし、複数音節からなる単語の中にも

  • sesame (ゴマ、セサミ)

のように単語末の「e」を発音する単語が無いわけではないが、かなり例外的である。また、

  • employee (従業員)

などは、「ee」という2つの文字で「イー」というひとつの音を表している、と見なすのがより正確かもしれないが、単語末の「e」は発音されずにその直前の「e」が「イー」になっている、と解釈することも出来なくはない。

ともかくも、英語には語末の「e」は原則として発音しないという法則がある。そして私は、ロシア語の単語を読む時も無意識にこの法則に影響されてしまっていたのである。

英語が苦手でロシア語を始めたはずなのに、その苦手な英語の影響でロシア語の発音に苦戦してしまう。その事実に、苦手とはいえ何だかんだで英語は私の中に染み付いていたんだなと思ったものである。


私の「ロシア語の語末の『е』が読めない」という現象は一時的なもので、ロシア語の勉強を続けていくうちに、いつの間にか普通に語末の「е」を読めるようになっていた。ロシア語と英語が別の言語であるということが感覚として身につけば、ロシア語を読む際に英語の綴り字の法則が影響することもなくなる、ということだろう。結局は慣れの問題である。

私にとってロシア語は、今でも比較的目にする機会の多い言語である(最近は主にタジキスタン関係のコンテンツで目にしている)。私のロシア語には、圧倒的な語彙力不足および訓練不足という致命的な問題がある上に、それらを改善する努力もなかなか行えていないが、語末の「е」に関しては、引き続き何の違和感もなく読めている。

一方、高校生の頃に苦手だった英語は、まだまだ苦手とはいえ、当時に比べればずっとできるようになった。私自身の英語志向はあまり強くないと思っているのだが、何だかんだで英語を使う機会がそれなりにある日常を送っており、英語力もゆっくりとではあるが進歩していると思う。しかし、その一方で新たな問題も発生するようになった。

英語の綴りでは、母音に挟まれた単独の「s」をザ行の音で発音する傾向があるのだが、母音に挟まれた「s」を含む英語でない綴りを見た時に、頭の中では「このsはサ行で読むべきだ」と思っていても、口からはザ行が出てしまう、という現象に遭遇したのである。このことについては、また何かの機会に書くこととしたい。

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理系社会人
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