NHKロシア語講座とウクライナ語
今更だが、NHKのテレビのロシア語講座「ロシアゴスキー」がこの3月までで終了になったことを知った。今回のウクライナでの戦争とは無関係で、それ以前から決まっていたことのようだが、以下のニュース記事のタイトルにあるとおり、まさに「最悪のタイミング」である。
私がNHKのテレビのロシア語講座を初めて見たのは、多分1999年頃だったと思う。当時は「ロシア語会話」というタイトルだった。それより1年ほど前にNHKのラジオの「ロシア語講座」を聴き始め、その延長でテレビのほうも見ることにした。当時の私は高校生の帰宅部で、学校が終わるとすぐに家に帰ってラジオのロシア語講座を聴いていたが、2000年に大学に進学すると通学時間の関係でラジオのほうを聴くのが困難になり、ロシア語講座はテレビがメインになった。しかしその後は、テレビを見る習慣自体が私から次第に無くなっていってしまったこともあり、「ロシア語会話」の視聴も途絶えがちになっていってしまった。講座のタイトルが「テレビでロシア語」に変わってからは、一度も見ていなかったかもしれない。Wikipediaで調べてみたところ、番組名が「テレビでロシア語」になったのが2009年のことらしいので、10年以上見ていないことになる。
そんなわけで、私は「ロシアゴスキー」は見ておらず、その前身の「テレビでロシア語」も見ていないのだが、さらにその前身の「ロシア語会話」にはお世話になった。今回NHKのテレビ番組からロシア語講座が消えてしまったのは非常に残念である。しかも、それがこのような最悪の事態の最中だということには、暗澹たる思いになる。
「ロシア語会話」でのウクライナ語の思い出
お世話になったNHKのテレビの「ロシア語会話」だが、その中でも個人的に印象に残っている回は、番組の中でウクライナ語を聴くことができた回である。
その回は、ウクライナ出身の歌手でチェルノブイリ原発事故避難者のナターシャ・グジーさんがゲストとして出演した回だった。当時は講師が金田一真澄先生で、メインの出演者がウクライナ出身のオクサーナ・ピクスノーヴァさんだった。
ロシア語の勉強を始めてから間もなく、ナターシャ・グジーさんの歌との出会いを通してウクライナ語好きになった私は、ナターシャ・グジーさんが登場する回ということだけでも楽しみだったが、ひょっとしたらウクライナ語も少し聞くことができるのではないか、と仄かに期待しながら「ロシア語会話」を見ていた。
バンドゥーラの演奏とウクライナ語の歌とともに登場したナターシャ・グジーさんは、オクサーナさんとウクライナ語で挨拶を交わし(「ウクライナ語で会話中」という字幕が出ていたと思う)、それからオクサーナさんが「今日はロシア語の番組なのでロシア語で話しましょう」と言って、以降ロシア語での対話となった。
その時のナターシャ・グジーさんの歌は、「Грай, бандуро(弾けよバンドゥーラ )」だったと思う。オクサーナさんとのウクライナ語での会話は、当時の私の拙いウクライナ語力(今でも拙いが)では聞き取ることはできなかったが、大満足の回だった。
ともかくも、当時は日本のテレビでウクライナ語を聴く機会があるだけで嬉しかった。
なお、当時の「ロシア語会話」のテキストを家の中で探してみたが、金田一真澄先生が担当していた時期の「ロシア語会話」のテキストはどうも見当たらない。どこか押入れの奥のほうにしまってしまったか、あるいは当時は本屋で立ち読みしていただけだったのか。。。
ウクライナ語に関する「ロシア語会話」でのもう一つの思い出
ところで、日本でウクライナ語と言えば黒田龍之助先生、と個人的には思っている。私も黒田先生のウクライナ語関係の本は何冊か持っている。
黒田先生は「ロシア語会話」の講師をされていたこともある。2001年度および2002年度のことのようだが、ちょうどその間、私は「ロシア語会話」を見ていなかった。黒田先生はラジオのロシア語講座も担当されていたのだが、例によってそちらのほうもラジオのロシア語講座を聴いていない時期だった。私はテレビでもラジオでも、黒田先生の講座を逃してしまっていた。
ウクライナ語好きとしては、黒田先生のロシア語講座はぜひ見てみたかったのだが、持ち前の継続性の無さと情報網の薄さにより、貴重な(それも、必ずしも短期間ではなかった)機会を見事に逃してしまったわけである。
黒田先生の教え子の方だったか、担当編集の方だったかが、「黒田先生の夢はテレビでウクライナ語講座を開くこと」といったような趣旨のことをどこかに書かれていた気がする。もし仮に実現することがあるとすれば、今度こそは見る機会を逃さないようにしたい(が、すごく逃してしまいそうな気がする…)。
日本のメディアでウクライナ語を聞かない日のない今
私がNHKのテレビのロシア語講座でウクライナ語に遭遇したりしなかったりしていた時から、20年近くが経った。今、日本のメディアでは頻繁にウクライナ語を耳にする。ウクライナのゼレンスキー大統領は国際社会に対してウクライナ語で支援を呼びかけており、ウクライナの避難民もしばしばウクライナ語でインタビューに答えている。
(なお、避難民の中にはロシア語で話をしている人も多く、特にロシアによる攻撃の被害の大きな地域は、元々ロシア語が主流の地域であり、避難者の言語も、ウクライナ語を話す人もいるが、多くはロシア語のようである。プーチン大統領は、ロシア系住民の保護を建前として掲げているが、実際にプーチン大統領がやっていることはロシア語母語話者に対する直接的な虐殺である。)
ウクライナ語は、私が特に好きな言語である。しかし、このような形でウクライナ語を耳にする機会が増えることは、もちろん望んでいない。
ロシア軍の即時撤退と、ウクライナに一日でも早く平和が訪れることを強く願う。
Слава Україні! (ウクライナに栄光あれ!)
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