パキスタン(ギルギット・バルティスタン)旅行記0.5 〜旅の言葉〜
ここでは、今回のパキスタン旅行中に使った、または聞いた(教えてもらった)言葉や表現を紹介する。
今回の旅の主な目的は、ワヒー語ゴジャール方言とブルシャスキー語ヤスィン方言を使うことであり、また道中ではパキスタンの国語であるウルドゥー語もそれなりに使ったので、これらの紹介が主になる。
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以下の表現はパキスタンでは言語を問わず広く使われている。
アッサラーム・アライクム (as=salaam alaykum)
こんにちは!(アラビア語で「あなたの上に平安を」の意。時刻を問わず使える)
ワライクムッサラーム (w=alaykum=us=salaam)
こんにちは!(「アッサラーム・アレイクム」と言われた際の返事。アラビア語で「あなたの上にも平安を」の意)
※「アッサラーム・アライクム」と「ワライクムッサラーム」はイスラム圏共通の挨拶で、パキスタンでは挨拶は基本的にこのやりとりから始まる。
シュクリヤー (shukuriyaa)
ありがとう。
※語源的にはアラビア語の「感謝」の派生語。
メフラバーニー (mehrabaanii)
ありがとう。
※ペルシア語で「親切」の意。
ウルドゥー語
概要
ウルドゥー語はパキスタンの国語。ウルドゥー語の母語話者は国民の1割程度だが、全ての国民がウルドゥー語を話せるとされている。ウルドゥー語の非母語話者もウルドゥー語を使うことを好んでいるらしい。インドの公用語のヒンディー語とは、文字といくつかの挨拶表現を除いて日常会話レベルではほぼ同一。ヒンディー語と併せると母語話者+第2言語話者の数は世界有数の大言語である。
系統的にはインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派インド・アーリア語群中央語群に属す。ペルシア語の影響を強く受けており、語彙面ではペルシア語由来(およびペルシア語経由でのアラビア語由来)の語が極めて多い。
文字はアラビア文字(ペルシア語、ウルドゥー語用の文字を追加したもの)を使う。書体はナスタアリーク体(ペルシア書体)が主だが、他のアラビア文字圏で一般的なナスフ体も稀に見かける。
学習資料: 日常会話はDuolingoのヒンディー語コースが使える(ただしデーヴァナーガリー文字がある程度読める必要がある)。入門コースとしては「東外大言語モジュール|ウルドゥー語」や「まんどぅーかのウルドゥー語/ヒンディー語ページ」が使えるだろう。ナスタアリーク体は「もっときれいにナスターリーク」が参考になる。また、吉田2019でもいくつかの基本フレーズが紹介されている。
表現
アープ・カー・ハール・キャー・ハェー? (aap kaa naam kyaa hɛ)
お元気ですか?
マェーン・ティーク・フーン (mɛ̃ thiik hũ)
私は元気です。
アープ・カー・ナーム・キャー・ハェー? (aap kaa naam kyaa hɛ)
あなたの名前は何ですか?
メーラー・ナーム・○○・ハェー (meeraa naam … hɛ)
私の名前は○○です。
シュクリヤー (shukuriyaa)
ありがとう。
「メフラバーニー (mehrabaanii)」とも言う(ペルシア語で「親切」の意)。
ボホト・シュクリヤー (bɔhot shukuriyaa)
とてもありがとう。
「ボホト」は強調の語でいろいろな場所で使える。
アープ・カハーン・セー・ハェーン? (aap kahã see hɛ̃)
あなたはどこの出身ですか?
マェーン・ジャーパーン・セー・フーン (mɛ̃ jaapaan see hũ)
私は日本から来ました。
○○・カハーン・ハェー? (… kahã hɛ)
○○はどこですか?
例) エイティーエム・カハーン・ハェー? - ATMはどこですか?
ムジェー・○○・チャーヒエー (mujee … chaahiee)
私は○○が欲しい(必要だ)。
例) ムジェー・ワッシュルーム・チャーヒエー - 私はトイレに行きたい。
マェーン・○○・ジャーター・フーン (mɛ̃ … jaataa hũ)
私(男性)は○○に行く(行く予定だ)。
女性の場合は「マェーン・○○・ジャーティー・フーン」
例) マェーン・ヤースィーン・ジャーター・フーン - 私はヤスィンに行く。
ムジェー・○○・ジャーナー・チャーヒエー (mujee … jaanaa chaahiee)
私は○○に行きたい。
例) ムジェー・ギルギット・ジャーナー・チャーヒエー - 私はギルギットに行きたい。
アープ・カー・ザバーン・キャー・ハェー? (aap kaa zabaan kyaa hɛ)
あなたの言葉は何ですか?
メーラー・ザバーン・○○・ハェー (meeraa zabaan … hɛ)
私の言葉は○○(言語名)です。
例) メーラー・ザバーン・シナー・ハェー - 私の言葉はシナー語です。
キャー・アープ・ザバーン・○○・ハェー? (kyaa aap zabaan … hɛ)
あなたの言葉は○○(言語名)ですか?
平叙文の前に「キャー」を付けると疑問文になる。
例) キャー・アープ・ザバーン・コワール・ハェー? - あなたの言葉はコワール語ですか?
ハーン (hã)
はい(Yes)
ナヒーン (nahĩ)
いいえ(No)
メーラー・ザバーン・○○・ナヒーン・ハェー (meeraa zabaan … nahĩ hɛ)
私の言葉は○○(言語名)ではありません。
平叙文(肯定形)の最後のハェー(ハェーン、フーン)の前に「ナヒーン」を付けると否定文になる。
マェーン・○○・ナヒーン・フーン (mɛ̃ … nahĩ hũ)
私は○○ではありません。
イェヘ・○○・メーン・キャー・ハェー? (yeh … mẽ kyaa hɛ)
これは○○(言語名)で何と言いますか?
例) イェヘ・ヒクウォール・メーン・キャー・ハェー? - (ワヒー語話者に対して)これはワヒー語で何ですか?(※「ヒクウォール」はワヒー語で「ワヒー語」の意味)
イェヘ・○○・メーン・△△・ハェー (yeh … mẽ … hɛ)
これは○○(言語名)で△△と言います。
例) イェヘ・ワキー・メーン・カク・ハェー? - (非ワヒー語話者に対して)これはワヒー語で「カク(干し杏子)」です(※「ワキー」はウルドゥー語で「ワヒー語」の意味)
☓☓・○○・メーン・キャー・ハェー? (… … mẽ kyaa hɛ)
☓☓は○○(言語名)で何と言いますか?
☓☓・○○・メーン・△△・ハェー (… … mẽ … hɛ)
☓☓は○○(言語名)で△△と言います。
ムジェー・○○・パサンダェー (mujee … pasand hɛ)
私は○○が好きです。
例) ムジェー・ナマキンチャーイ・パサンダェー - 私はナマキンチャイ(塩ミルクティー)が好きです。
○○・フーブスーラタェー (… khuubsuurat hɛ)
○○は美しいです。
例) ギルギット・バルティスターン・フーブスーラタェー - ギルギット・バルティスタンは美しいです。
フダー・ハーフィズ! (khudaa haafiz)
さようなら!
ペルシア語で「神のご加護を」の意味。「神(フダー)」をアラビア語にした「アッラー・ハーフィズ」いう表現もある模様。
フシャーマデード! (khush aamadeed / خوش آمدید)
ようこそ!
集落の入り口などでこの看板をよく見かける。ペルシア語の「ようこそ」(直訳は「よくいらっしゃいました」)をそのまま借用した語。
アーヒスター (aahistaa / آھستہ / آہستہ)
ゆっくり (slow)
道路脇の看板で見かける言葉。教科書的には「آہستہ」が正しいはずだが、「آھستہ」もしばしば見かける。
ワヒー語ゴジャール方言
概要
ワヒー語はタジキスタン・アフガニスタン国境のワハーン谷(ワハーン回廊)を原郷とする言葉で、タジキスタン、アフガニスタンのほか、パキスタン最北部、中国最西部にも話者がいる。Gulomaliev2020によると、話者人口は全体で約7万人でパキスタン国内では2万人強ほどのようである。
系統的にはインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派イラン語群に属し、その中の東イラン語群パミール諸語のひとつとされる。但し、「東イラン語群」や「パミール諸語」はイラン語群の中で単一の系統をなしているわけではないらしい。
パキスタン国内では同国最北部(ギルギット・バルティスタン地方北部〜カイバル・パクトゥンクワ州最北端)に話者が分布しており、ゴジャール谷(上フンザ)が最も多くのワヒー語話者を抱えている(Gulomaliev2020によると約1万人)。ワヒー語ゴジャール方言は他国やパキスタンの他地域のワヒー語とはやや違いが大きいようである。
ワヒー語は一般に無文字言語とされており、現時点で広く受け入れられている表記法は無い模様。
学習資料: 東京外国語のワヒー語ページでゴジャール方言の単語を検索できる(英語)。また、pamiri.onlineというサイトでワヒー語(ワハーン方言?)を含むパミール諸語の単語の検索ができる(ロシア語)。文法に関しては、「PARKONS WAKHI」(ワヒー語を話そう)というゴジャール方言の入門本(フランス語)があり、まだちょっとしか読んでいないが代名詞の表はかなり役立ったと思う。
表現
ローマ字綴りは部分的に東外大ワヒー語ページを参考にしている(※「部分的に」であり統一は取れていない)。
チーズ・ホーリー? (chiz holi)
お元気ですか?
ウズム・ビドゥルド (wuzəm bidʉrd)
私は元気です。
「ウズム・ティーク」とも言う。
ティ・ノンギ・チーズ? (ti nongi chiz)
あなたの名前は何ですか?
ジュ・ノンギ・○○ (ẓ̌ə nongi …)
私の名前は○○です。
トゥト・クムレ? (tut kumre?)
あなたはどこから来ましたか?(どこの出身ですか?)
ウズム・○○・アン (wuzəm … an)
私は○○から来ました。(○○の出身です。)
例) ウズム・ジャパナン - 私は日本から来ました。
ショボーシュ (šoboṣ̌)
ありがとう
ガフチ・ショボーシュ (ɣafč šoboṣ̌)
とてもありがとう
メールボーニー (merboni)
ありがとう(※ウルドゥー語より)
バフ (baf)
良い、素晴らしい
ガフチ・バフ (ɣafč baf)
とても良い、とても素晴らしい
ヒクウォール・ノンギ・チーズ? (x̌ikwor nongi chiz)
ワヒー語での名前は何ですか?(ワヒー語で何と言いますか?)
ウズム・○○・レフトゥ (wuzəm … rekhtu)
私は○○に行きました。
例) ウズム・トジキストン・レフトゥ - 私はタジキスタンに行きました。
ウザプ・○○・レチェム (wuzap … rechəm)
私は○○に行きます。
例) ウザプ・ギルト・レチェム - 私はギルギットに行きます。
ウザシュ・ヒクウォール・イェフク・ウォツム (wuzash khikwor yekhk wocəm)
私はワヒー語を勉強しています。
ウザシュ・ヒクウォール・フナク・ゾク・ツァラム (wuzash khikwor khunak zoq charam)
私はワヒー語を話したい。
ティ・フォト・ニヒュム (ti foto nix̌um)
あなたの写真を撮ります。
ジュ・フォト・ニヒ (ẓ̌ə foto nix̌)
私の写真を撮って。
ウズム・ワシュク (wuzəm waṣ̌k)
私は疲れた。
ウズム・ナワシュク (wuzəm na waṣ̌k)
私は疲れていない。
ウズム・カムカム・ワシュク (wuzəm kamkam waṣ̌k)
私は少し疲れた。
トゥト・ワシュカ? (tut kamkam waṣ̌ka)
あなたは疲れましたか?
※平叙文の後に「ア」を付けると疑問文になる。
単語
ローマ字綴りは部分的に東外大ワヒー語ページを参考にしている(※「部分的に」であり統一は取れていない)。
ヒクウォール (x̌ikwor)
ワヒー語
スポウォール (spowor)
私たちの言葉(※ワヒー語話者にとってのワヒー語のこと)
チュワン (čuwan)
杏子
カク (qaq)
干し杏子
セルク (serk)
杏子の種
テル (tel)
杏子油
(※東外大ワヒー語によると「油」)
グラル (ghurar)
薄く少し甘いパン状の食べ物
チョラ (chora)
豆の煮物
ラヒネグ (rexniɣ̌)
炎
ブホーリー (buhori)
竈
シャピーク (shapik)
チャパティー
ヌムキン・チョイ (nəməkin choy)
塩ミルクティー
※「塩茶」の意。ウルドゥー語では「ナマキン・チャイ」。
スキード (skið)
伝統的な帽子
グーズ (ɣ̌uz)
薪
イール (yir)
太陽
ガルム (garm)
温かい、暖かい
スール (sur)
冷たい、寒い
ジャーイ (jay)
場所
※「ジョーイ」だと別の意味になる(※東外大ワヒー語によると「読む」の語幹)。
ギルト (gilt)
ギルギット市(地名)
スィスニ (sisuni)
フセイニー村(地名)
ブルシャスキー語ヤスィン方言
概要
ブルシャスキー語はパキスタン北部のヤスィン谷、フンザ谷およびナゲル谷で主に話されている言葉。インド側カシミールのスリナガルにもブルシャスキー語コミュニティーがあるらしい。吉田2019によると話者は全ての方言を含めて約10万人。
系統的には「系統不明」の言葉として有名。系統関係ではないが、一説によると、パミール諸語やパシュトー語、バローチ語はブルシャスキー語系の言語の影響を受けている可能性があるという(Parker2023, p.37)。
ヤスィンのブルシャスキー語とフンザ・ナゲルのブルシャスキー語は違いが大きく、吉田2022ではヤスィン方言を「西ブルシャスキー語」、ヤスィン方言以外を「東ブルシャスキー語」と呼んでいる。
ブルシャスキー語は一般に無文字言語とされており、現時点で広く受け入れられている表記法は無い模様。
学習資料: 「PARKONS BOUROUCHASKI」(ブルシャスキー語を話そう)という入門本(フランス語)があり、吉田2022によると主に西ブルシャスキー語を扱っているらしい。入手はしているが未読。吉田2022には他にもいくつか西ブルシャスキー語関連の文献が紹介されている。
表現
ボザリ・バ? (bo zali ba)
お元気ですか?
ジャ・シュア・バ (ja shua ba)
私は元気です。
ジャ・ティーク・バ (ja tik ba)
私は元気です。
ウン・ボザリ・バ? (un bo zali ba)
あなたはお元気ですか?
ジャ・カ・シュア・バ (ja ka shua ba)
私も元気です。
ゴ・ゴイェク・ボ・ドゥア? (go goyek bo dua)
あなたの名前は何ですか?
ジャ・アイェク・○○・ドゥア (ja ayek … dua)
私の名前は○○です。
ウン・アヌン・バ? (un anum ba)
あなたはどこから来ましたか?(どこの出身ですか?)
ジャ・○○・ウン・バ (ja japan um ba)
私は○○から来ました。(○○の出身です。)
例) ジャ・ジャパヌン・バ - 私は日本から来ました。
ジュー (juu)
ありがとう。
ボート・シュクリヤー (bot shukuriya)
とてもありがとう。
ジャ・アワラ (ja awara)
私は疲れた。
ジャ・アヤワラ (ja ayawara)
私は疲れていない。
ウン・グワラ? (un guwara)
あなたは疲れましたか?
アワアワ (awaawa)
はい。
「アワ」だけでも「はい」の意味になる。
ベーベー (bebe)
いいえ。
シェーリー (sheli)
美しい。
アジョー・シェーリー (ajo sheli)
とても美しい。
ジャ・ドゥジャヤ (ja dujaya)
私は満腹です。
ミィー・チャーイ・ホシュ・エタ? (mi chay khush eta)
私たちのお茶が気に入りましたか?
アクン・シュア・グンズ・ドゥルム (akun shua gunz dulum)
今日は良い一日でした。
アッラー・アピス (alla apis)
さようなら
※ウルドゥー語の「アッラー・ハーフィズ」(「フダー・ハーフィズ」の別形)のブルシャスキー語風発音。
単語
ブルシャスキ (burushaski)
ブルシャスキー語
ミシャースキ (mishaaski)
私たちの言葉(※ブルシャスキー語話者にとってのブルシャスキー語のこと)
ジュー (juu)
杏子
※「ありがとう」の「ジュー」と同音。
バトール (batoor)
干し杏子。
フニ (honi)
杏子の種。
バースト (baast)
リンゴ(林檎)
トング (tong)
ナシ(梨)
※ウルドゥー語では「ナシュパーティー」
デスィ・ホイ (desi hoi)
伝統的な緑の野菜
ガシュン (ghashun)
玉葱
バユー・チャーイ (bayuu chaay)
塩ミルクティー
※「塩茶」 の意。ウルドゥー語の「ナマキン・チャイ」も使う。
ストーブ
竈
※英語の「stove」からか?
ツェル (tsel)
水
ダラ (dala)
用水路
マルタシュ (maltash)
バター
ダウダウ (dawdaw 〜 dowdow)
麺類(ヌードル)
ブルシャスキー語フンザ方言
概要
フンザ谷のブルシャスキー語。吉田2022ではフンザ方言、ナゲル方言、スリナガル方言を合わせて「東ブルシャスキー語」と呼んでいる。ヤスィン方言(西ブルシャスキー語)との違いはやや大きく、比較的通じにくいようである。
ブルシャスキー語の諸方言の中ではフンザ方言が様々な面でアクセスしやすいようで、単に「ブルシャスキー語」と言った場合は東ブルシャスキー語フンザ方言が指す場合が多いかもしれない。
学習資料: 吉田2019でブルシャスキー語フンザ方言の基本フレーズがいくつか紹介されており、その他ブルシャスキー語に関する話題がいろいろ含まれている。吉田2012は東ブルシャスキー語の参照文法(英語)で、ぼちぼち読もうとしているがなかなか難しい……
表現
ウネ・グイク・ベサン・ビラ? (une guik besan bila)
あなたの名前は何ですか?
シナー語
概要
シナー語はパキスタン北部ギルギット・バルティスタン地方のかなり広い範囲で話されている言葉(※中国語とは無関係)。ギルギット市の主要言語でもあり、「ギルギット語」とも呼ばれているようである。ギルギット・バルティスタン地方の共通語的な役割も担っているようで、母語話者以外でもシナー語のわかる人は多いようである。
系統的にはインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派インド・アーリア語群ダルド語群に属す。吉岡2019によると方言差が大きい。
Wikipedia英語版によると、シナー語は数十年前まで文字化されておらず、2010年代後半にようやく正書法が定められたらしい。
学習資料: 私の手元にあるのは吉田2019がほぼ唯一。ギルギット方言の基本フレーズがいくつか紹介されており、その他シナー語に関する話題が含まれている。
表現
ジェーク・ハール・ヘン? (jeek haal hen)
お元気ですか?
※吉岡2019のギルギット方言では「ジェーク・ハール・ハン」。チラス出身者に聞いたので「ヘン」になるのはチラス方言か?
サム・ハノス (sam hanos)
私(男性)は元気です。
サム・ハニス (sam hanis)
私(女性)は元気です。
コワール語
概要
コワール語はパキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州北部のチトラル市を中心にかなり広い範囲で話されている言葉で、「チトラル語」とも呼ばれている。ギルギット・バルティスタン地方でも東部を中心に一定の範囲に話者が分布しており、ギルギット市とヤスィン谷の間を移動する際にはコワール語地域も通過する。
系統的にはシナー語と同様、インド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派インド・アーリア語群ダルド語群に属す。吉岡2019によると方言差は小さいようである。
Wikipedia英語版によるとコワール語は20世紀初頭からアラビア文字(ウルドゥー語用文字の派生)で表記がされているらしい。
学習資料: 私の手元にあるのは吉田2019がほぼ唯一。イシュコマン方言の基本フレーズがいくつか紹介されており、その他コワール語に関する話題が含まれている。なお、イシュコマン谷はヤスィン谷から見てギルギット方面(チトラルとは逆方面)にひとつ行ったところにある。
表現
キチャ・アスス? (kicha asus)
お元気ですか?
ジャマスム (jam asum)
私は元気です。
英語
概要
英語はパキスタンでは「公用語」と位置付けられている。パキスタンの高等教育は英語で行われているようで、高等教育を終えた人は基本的に英語が話せるようである。
パキスタン北部のイスマーイール派地域(ゴジャル谷、ヤスィン谷、フンザ谷等)では、小さな子供から高齢者まで英語がかなり通じる。これはイスマーイール派が教育全般を重視し、とりわけ英語教育に重きを置いているためである(但し、話せない人もいる)。他の地域については、あまり通じないという話も聞くが詳細は不明。
系統的にはインド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派西ゲルマン語群アングロ・フリジア語群に属す。本稿で紹介した諸言語は、ブルシャスキー語以外はインド・ヨーロッパ語族に属し、英語とは遠い親戚関係にある。
パキスタンの諸言語も英語からの影響が大きいようで、ウルドゥー語(アラビア文字)の看板や案内板などでは英語由来の語の割合がかなり高く、百パーセント英語のことも少なくない。英語の「t」はウルドゥー語では「ٹ」の文字(音)で表されるが、「ٹ」の文字がやたらと出てくる看板は英語の可能性が高いかもしれない。
ペルシア語
概要
ペルシア語は、歴史的にインド・パキスタン方面の言語に大きな影響を与えてきた言語である。本稿で紹介した諸言語(英語を除く)も、ペルシア語から大きな影響を受けている。また、パキスタンの国歌は名目上はウルドゥー語だが、実際の歌詞は一箇所だけウルドゥー語の単語が出てくるのを除いて語彙的にも語法的にもペルシア語である。
パキスタンの文化(インド亜大陸のイスラム文化)はペルシア語の影響が強く、とりわけイスマーイール派は歴史的に長らくイランにイマーム座があったこともあり、東外大ワヒー語によると「高齢者を中心に,ペルシア語を解する話者も多い」とのことだが、今回私が直接遭遇した範囲内ではペルシア語がわかる、または勉強中だという人は非ワヒー語圏で出会った一人だけで、アフガニスタンにルーツを持っている縁で勉強しているとのことだった(※積極的に聞いたわけではないので、他にもいたが私が気付かなかっただけ、という可能性もおおいにあるが)。
ペルシア語は系統的にはインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派イラン語群西イラン語群南西イラン語に属する。文字は活字ではアラビア文字のナスフ体が用いられることが多いが、手書きではナスタアリーク体(ペルシア書体)が広く用いられる。
参考文献
吉岡 乾. 2019『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』創元社
Gulomaliev, S. 2020年度『ワヒー語形容詞に関する方言学的研究』筑波大学博士(言語学)学位請求論文
吉枝 聡子. 2009『ゴジャール・ワヒー語の能格構文』東京外国語大学論集第78号
東京外国語大学 言語情報学拠点 > 研究目的別コーパス > ワヒー語(Wakhi) https://www.coelang.tufs.ac.jp/multilingual_corpus/wakhi/
Parker, C. 2023. A Grammar of the Shughni Language, Doctoral Thesis (Department of Linguistics, McGill University)
Yoshida, N. 2012. A Reference Grammar of Eastern Burushaski, Doctoral Thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
吉田 乾, 2022『ブルシャスキー語の文法書について』アジア・アフリカ言語文化研究 別冊 巻 2, p. 183-199
(続き)
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