【彼のこと①】「正しい関係」だった4年間
彼と出会ったのは、今から5年前。
会ってすぐに、自分に好意を持ってくれたのがわかった。あちらの話を聞こうとしても「それよりもあなたのことが聞きたいんです」と真剣な表情をして見せる彼。結婚して10年、冗談半分でも男性からそういう接し方をされたことはなかったし、わかりやすい好意を示してもらったのが久しぶりでうれしく、なんだか少しくすぐったくもあった。その後しばらくしてから、人づてに彼が私のことを「好みのタイプ」だと言っていたと聞いた。
しかし、彼がそんな雰囲気で接してきたのは最初の一度きり。その後は普通の仕事仲間としての付き合いが始まった。彼は気配りができ、仕事のスキルも高かったから、どんな案件でも安心して依頼することができるという点でとても信頼を置いていた。
そのうち、お互いに同じバンドが好きだということが判明し、趣味の合う年の離れた男友達としてたまに飲んだり、LINEをするような関係になっていった。しかし、まったく色っぽいことはおきなかった。それどころか、普通の男友達よりも壁を感じていたぐらいだ。彼が私にしてくるのは趣味と仕事の話ばかり。もう、私個人について何かを聞いてくるということはなかった。
後から本人に聞いたのだが、彼は私のことを「既婚者だから、女として見てはいけない」と自制していたのだという。
私の方も浮ついた思いを打ち消すように、意識的に夫や息子の話、PTAの話や受験の話など生活感のある話をするようにし、また彼の恋愛の話を無理やり聞き出しておせっかいなアドバイスしようとしたりもしていた。
今思えば、これが二人のあるべき正しい関係性だったと思う。
既婚者には案外、こうした相手がいる人が多いのではないだろうか。
誰かのものになってしまうのは寂しい気がするけれど、決して一緒になることはできない人。手を伸ばしてふれることはできないけれど、ずっと近くにいてほしい、というような存在が。
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