続かない、稼げない、コンプレックスなヘンテコ経歴 Vol.1学生編
2023年初note。
年始にSHEのライティング入門コースを受講したので、今後のnoteは構成等じっくり練り練りして書いてみようと意気込んでいました。
そしたらびっくり・・・
全然書けない!!!!
正確には書き始めるのに腰が重くなってしまった。
いろいろ考えちゃうと書けんわ~~~・・・
ということで、とくにライター志望ではないし、これまでと変わらずゆるいブログ感覚でやっていこうと思いま~す!
はじめに
今回は私の経歴について。
自分の内省のために、どうせ誰も見ないだろ~という感覚で書きます。
以前SHEメイトマガジンというものを作成し、1枚目に職歴等を紹介しました。
実はこの職歴、かなり端折ってます。笑
私は学歴にも職歴にもかなりのコンプレックスがあり、これまであまり自ら経歴について話すことはありませんでした。話すことがあっても超短縮ver.を話すことがほとんど。
自分の経歴を胸張って堂々と話せる人にずっと憧れがありました。
自分にはできない。
でも今回、自分の経歴としっかりと向き合うことで今まで隠れて見えなかった何かが見えてくるかも・・と考え、noteを使って向き合ってみることに決めました。
かなり長くなったので、数回に分けます。
まずは学歴から。
学生時代の私
小学校
家から徒歩10分程の市立の小学校に通っていました。
習い事は幼稚園の頃からピアノと習字をやっていました。
2つともたまたま親戚に先生がいたので安く習えてたそうです。
運動が大の苦手で体育が一番嫌いでした。
勉強は得意でした。算数も国語も理科も社会も、苦手な友達に対して「なんでこんな簡単な問題分からないの?」って素で不思議に思っていた嫌なヤツでした。
一番好きだったのは図工。勉強という感覚が皆無で、図工=遊びの時間だと思っていました。図工の授業や夏休みに描いた絵が、なんかよく分からん市のコンテスト等に入賞することもよくありました。
昼休みには友達とイラストや漫画をよく描いて遊んでいました。小学校高学年の頃は将来イラストレーターになりたいと思っていました。
音楽や家庭科も大好きで得意でした。
つまり体育以外は全て得意だったのです。
だけど小学校生活における「体育」の存在って大きすぎます。
足が速ければモテるのが小学生。
運動音痴はチーム決めで嫌われます。
運動会ではお荷物扱いです。
運動会だけでなく、水泳大会、持久走大会、キックベース大会・・・。毎年地獄の大会だらけ。
小学校生活における体育の存在のあまりの大きさに、学校生活自体はあまり好きではありませんでした。
中学校
小6の頃、近所の吹奏楽の強豪の私立中学に行きたいと親に懇願しました。
しかし地元で中学受験をする子ってほんの一握り。
殆どの子どもが近所の公立中学校に進学します。
親にはまともに聞いてすらもらえず、公立中学校に進学しました。
田舎特融の荒れた中学校。
ヤンキーとギャルがスクールカーストのトップに君臨していました。
この頃から私はヤンキーやギャルが嫌いです。
昔から人見知りでしたが、中学からとくに人と関わることをすごく避けるようになりました。
友達は少なく、学校生活は本当に楽しくなかったです。
ただ楽しいこともありました。部活です。
憧れの吹奏楽部に入部しました。
相変わらず音楽は大好きでした。
ピアノも頑張っていたので将来は音楽の先生になりたいと考えていたことも。
もう一つ楽しかったことがパソコン。
中2の頃父にパソコンを買って貰いました。当時はパソコンを持っている家庭はわりと珍しかったです。当時SNS等は無く、大好きだったモーニング娘。のファンサイトで同世代のファンの子たちと交流していました。
自分でホームページを作ったり、イラストを描いてバナーやアイコンを作ることもやっていました。
Webデザイナーになりたい!とも思うようになり、音楽の先生とどっちになろうかな~?と考える毎日でした。
高校
高校でも私立の吹奏楽の強豪校には行かせてもらえず、近所の公立高校に進みました。
強豪校ではありませんでしたが、吹奏楽部に入部。
高校の部活は中学より「青春!」という感じが強くとても楽しかったです。
小さい頃からやっていたピアノも高校時代はとくに力を入れて頑張りました。
この頃は将来は音楽の道に進みたい!という考え一択に。志望校も音楽関係の学校を考えていました。
そう思っていた高3の三者面談。忘れもしません・・・。
母親に「音楽を続けるにはお金がかかります。それに音楽で食べていける人なんてほぼ居ないですし、音楽は趣味で楽しんで、就職するか他の学校に行って欲しいんですけどね・・・。」と先生の目の前で言われ、絶望。
今までそんな事言ったこと無かったやん!今言う~~~~?????
今思えば親の言いなりにはならず、反対を押し切って音楽の道に進めばよかったです。
しかしそんな勇気は無かった当時の私。4年制大学にも行ってみたかったけど4年分の奨学金を借りる勇気が出ず…。国立大に行けるような頭脳も無く…。
その後爆速で決めた進学先が、調理師専門学校です。
調理師専門学校
料理はわりと得意ではあったけど、すごく好きだったわけではありません。ただ「料理の技術は一生役立つし、料理が上手になって損することは無いな~。それに料理が上手になればいい人と結婚できるかも。」ととても浅はかな気持ちで決た進学先・・・笑
そんな軽い気持ちで決めた進路でしたが、専門学校生活は楽しかったです。今までの私を知っている人はほぼ居ないので、殻を破ってたくさん友達が出来ました。
奨学金を借りて進学した為、全部自分のモノにして元とってやる~~~~!!!と、やる気満々で、調理実習は全て出席。サボって遊ぶという考えはありませんでした。
元がとれたかは分かりませんが、実際ここで学んだことは今後の人生のあらゆる場面で役立っています。
しかしこの「調理師専門学校卒」が今後自分のコンプレックスとなるなんて・・・。
社会人編へ続く。