「もう一人の自分」に見られている
AKB48『365日の紙飛行機』の歌詞にハッとさせられる。
初めて聞いた時から「ああ、わかる」と思った。
今の仕事は、「私の夢」とかけ離れている。
でも、新卒で3年間仕事を続けられないと、「堪え性がない」と思われて、転職活動もうまくいかないだろう。だから、ひとまず3年続けようと、今はじっと堪えている。
けれど、こんな状態だからこそ、やりたいことをやっている自分のイメージばかりが頭に浮かんでしまう。『365日の紙飛行機』のあの歌詞が、まるで今の自分のことみたいだなあと思うのだ。
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with3月号の林真理子さんの記事で、林さんもあの歌詞のことを下記のように指摘されていた。
お気づきだろうが、私も、ものすごく他人の目を気にしている。常に「もう一人の自分」が「私」を俯瞰しているのだ。「これならOK」「これはダメ」と、「もう一人の自分」が「私」の振舞いや立ち居地をいつも確認している。この「もう一人の自分」は、やりたいことを好きなようにやる自分じゃなくて、自分の状況を把握する「監督者」的存在だ。だから、少し『365日の紙飛行機』の歌詞とは意味合いが違ってしまうのだけど。
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「他人の目を気にする」ことは、「空気を読むこと」だと思う。空気を読まないといけない世の中だから、私以外にも「もう一人の自分」を持つ人たちが、たくさんいるのかもしれない。
現実世界は色んなしがらみがあって、なかなか踏み出せない。だから、頭の中の「もう一人の自分」だけが、やりたいことをやる。空想の中でなら、後ろ指もさされないでしょう?
中には、「もう一人の自分」がやりたいことをして、失敗するイメージを持つ人もいると思う。ネガティブな想像力だけが巧みになって、一歩を踏み出す勇気がでなくなったりすることもある。
私だって、この状況を打破できないことに対して、色んな言い訳をしているけど、想像の中で「もう一人の自分」が失敗するのを、どこかで見ているからなのかもしれない。
AKB48の歌にぐっときちゃうなんて、私もまだまだ若いのかもと思うと同時に、林さんの記事を読んで、「やりたいこと 好きなように自由にできる」のはやっぱり「現実の私じゃない」とダメだとも思った。空想の私がやりたいことをやって、現実の私ができないなんて、そんな日常、つまらなすぎるでしょうよ。