第8章【冬の終わりが春の始まり】

第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)

日本列島は、今年も天候気象が荒れ狂い、各地で災害が多発。

地震大国と言われる日本に、頻発する地震。

海外でも、南北の氷、ヒマラヤの氷が溶け出す。

海流が変わり、気候が変化し、生態系は刻々と変貌をとげている。

未来に不安を抱きつつ、今年も暮れていく。

そして…。

新しい年を迎え、誰もが

「今年こそ」

と、期待に胸を弾ませる。

春花は、医師と相談の上、家に帰る事を決心し、健康も回復。

その後、元気を取り戻し、いつもと変わらぬ笑顔を見せるまでになった。

二月の半ば、見合いも無事行い、先方の喜びはひとしお。

春花の両親も安堵の胸を撫で下ろす。

すべてが順調にすすむ筈だった。

春花が

「ご返事は、しばらくお時間を下さい」

と、さへ言わなければ…。

見合いの日、両家は結婚式の日取りを決める段取りだった。

春花もその事は両親から、うすうす聞かされていたし…。

自分の体調不良で、ここまで先方に迷惑をかけたにもかかわらず、先方は百歩も千歩も譲って待っていてくれたのだ。

そんな場面で、春花の口から出た言葉。

またしても、先方の寛大な応対に、その場は何事もなくお開きとなった。

・・・が。

家に戻った春花の父親の怒りは、収まらない。

春花もむきになり、母は泣き出してしまうという始末…。

そんな矢先の事。

春花の友人から、衝撃の連絡が。

難病だった友人が肺炎をこじらせ、帰らぬ人となったと言うのである。

目の前が真っ暗になり、愕然とする春花。

気づいた時には、もう彼女の元へ向かっていた。

お見合いなんか、もうどうでも良かった。

新幹線・米原駅から、特急しらさぎ号に乗り換え、富山へ。

敦賀駅を過ぎると、段々と雪景色が春花を迎えてくれた。

同じ日本で、こんなにも気象環境が違うなんて、なんと不思議なんだろうと。春花は、窓を流れる雪景色に見いっていた。

雪の平野が、一つまた一つと、後方へ流れて行く…。

高岡の駅から今度は、氷見線に乗り換え、氷見駅へと向かう。

彼女の民宿は、富山湾の内海沿い。

能登半島の付け根、氷見市小杉という海岸沿いにあった。

駅からのバスに乗り、小杉のバス停に着く頃は、すっかり日も落ちていた。

バスから降りた春花の目に、最初に飛び込んできたのは、夕闇の海。

そして、灯りを灯して浮かぶ船だった。


春花が民宿につくと、親戚の方が、葬儀会場へと案内してくれた。

会場につくと、そこには、やすらかな眠りにつく彼女の棺。

かける言葉が見つからない。

志半ばで、どんなにか無念だったろうかと…。

次々と、訪れる方々がおられるため、春花は棺を離れ祭壇のそばに座る。

そして、笑顔の遺影を、ひたすら見つめていた。

学生時代の元気な彼女しか、春花の記憶にはないのだから、いま目の前に起きていることが、夢なのか現実なのかさへ分からない。

ただ呆然とするばかり…。

友人たちと涙の再会をした春花は、一緒に宿をとり、彼女のありし日々を夜遅くまで語り偲んだ。


葬儀も無事終わり、友人達はそれぞれ帰路についたが、春花はしばらく残ることにした。

あと片付けも終わり、親戚も帰った民宿は、両親が忙しく店の準備を始めている。

春花は、京都の大学病院で、彼女と一週間過ごしたことを伝ええると、お母さんは涙を拭きながら、真剣に耳をかたむけ、うれしそうにされた。

インターネットで、ホームページを立ち上げた事を知り、春花は是非にと、彼女のパソコンを借りて閲覧した。

「こころのつばさ」

というタイトルが、先ず目に飛び込み、次にサブタイトルが

「遠位型ミオパチーのつどい」

だった。

彼女らしい、花を散りばめた可愛いサイト。

春花は一言一句漏らすことなく読み進めるうちに、こらえきれなくなって

「わずかの期間に、こんなにも…」

と、目頭を押さえた。

民宿に一泊させてもらった春花は翌日朝、海岸線を一人、ブラブラと散策。

彼女が過ごした、幼い日々を辿るように…。

山沿には、雪が積もっている。

小杉のバス停まで来ると、左手に神社があった。

裏山は大きな崖が肌をあらわにして、神社の背後にそびえている。

道路を挟んで正面は富山湾。

なんと、水平線に雄大な山脈が浮かんでいる。

春花は驚いた。

昨日は暗くて見えなかったが、今朝は朝日に映えてそれは、それは荘厳な雄姿。

神社の隣の民家の前に、若い奥さんがいたので、春花は声をかけると

「立山連峰」

とのこと。

海の上に、三千メートル級の山々を望む所は、世界でも珍しいと言う。

この絶景に春花は、たちまち心奪われた。


宿に戻ると春花は、両親に相談したいことがあった。

一つは、友人のやり残した難病のホームページを、同じ仲間の誰かが引き継げるように、してあげること。

そして、もう一つは、氷見のすばらしさを、何らかの形で記事にしたいこと。

彼女の病気のことも含め、何か自分にできることを、とずっと模索して来たのだから。

両親も、これには大賛成。

そして、話し合いの結果、時間のある時は、民宿のお手伝いをさせて頂くという条件で、宿泊させて頂くことに。


こうして春花は、氷見の自然に親しみながら、彼女の供養にと、ホームページを管理しつつ、取材を続け、それ以外の時間は、民宿の掃除や、賄い、洗濯など、出来ることは何でも…。

両親も娘のように可愛がってくれた。

そして、あっという間に、二ケ月が過ぎたが、春花の念願は無事叶う。


四月末、別れの時がやって来た。

両親も春花も、溢れる涙を抑えきれない。

後ろ髪引かれる思いで、氷見をあとにしたのだった。

春花は、高岡から、しらさぎ号で名古屋へ向かった。

半年以上、放置したままのアパートを引き払うために…。


幸い、大家さんは気の優しい、おばあさんだったし、何度か春花の部屋に

風を通してくれたとのこと。

「さて、どうしよう、これから…」

電車の窓にひろがる春の北陸平野。

白い雪の平野も情緒があっていいと思ったが、若葉が芽を出す季節もまた生き生きとして良い。

「いろんなことが、あったけど…」

春花は、ついさっきまで身を置いた、氷見の海に思いを馳せる。

そして、心の付箋に気の向くまま、言葉を綴りはじめた…。

『通り過ぎるだけの季節なら人はこんなにも 悲しい気持ちにはならない。咲き誇る花が…そして散りゆく花が…どれだけの 出会いと別れを見届けてくれたであろう。たとえ一瞬の時間であっても確かに立ち止まってくれた。

「冬の終わりが、春の始まり」

と誰もが知っているのに…。愛する人も、思い出はいつも花のように美しく、やさしいものばかりだと人は言うけれど…押しつぶされそうな私の心それは思い出の、せいだと…。冬の終わりが 春の始まりなら人の命にも また次の春が来ないの?』


そして…

目をとじる春花の視界に、大介の映像が浮かんできた。

今も、ハイウェイーを走っているかのように。

四月三十日夜半のこと。

西部新聞社の輪転機が、勢いよく廻っている。

「アオケン組の蒼井社長 死亡」

「心臓病、回復せず」

との見出し…。


第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】


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