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【白い落果】第3話 #1 京子の外来(それぞれの痛み )

 それから数日後、京子は久方ぶりに外来勤務にシフトした。

看護婦同士で対立していた松子と幸代だったが、婦長の決断で二人を引き離すことにしたのだった。

 幸代が病棟に回ったのである。

由美が進言した通りになったようだ。

 外来は相変わらず混雑を極めていた。

院長の机からはタバコの煙が立ち昇り、部屋全体が曇っている感じだった。

 毎日この中にいると、感覚もマヒして気にもならなくなるが、久方ぶりに来た京子には何とも異様な光景に思えたのである。

 婦長は、外来全体を見ながら、看護婦達に指示を出している。

由美は院長の傍でアシスタントをしていた。

 院長が、次に取るであろう行動の、一歩先や二歩先を読んで、自分が何をすべきか瞬時に判断をする。

それが一番大変なのよと、由美が話してくれたことを、京子は思い出しながら見ていた。


 京子の仕事は、廊下で待機している患者を診察室に誘導したり、院長の診察が終わった患者に対して、次の検査やサポートをする役割であった。

「時間が経てば治る病気もある。死別や恋の悲しみもある。
日にち薬・とき薬は、心の痛みの妙薬。これぞ名医じゃな」

 タバコを吹かしながら院長は、青白い顔をした若い女性を、諭すように話していた。

女性は、ホッとしたような表情を見せると、丁寧に御礼を述べ笑顔で退室した。


 日にち薬・とき薬か…。

京子は心の中で、院長の言葉を呟いていた。


 その日の昼食時に京子は、松子に声をかけた。

一緒に食事をと促したのである。

松子の胸の内を、京子は聞いてみたいなぁと以前から思っていたのだった。

「松子さんは、テキパキ動くから羨ましい」

京子は、お皿に箸を伸ばしながら呟いた。

「わたし、幸代さんが言っていることも、よく分かるんです」

松子は、ふいに箸を置いて京子に言った。

 自分は患者からも、看護婦からも嫌われている。

京子さんもそう思っているから、話をしたんでしょう、と言いたげであった。


 京子は、黙って首を横に振りながら松子の目を見つめた。

「これだけ大勢の患者さんが詰めかけているんです。一人でも多くの診察ができるようにして上げたいですよね」

松子は、堰を切ったように思いの丈《たけ》を京子にぶつけてきたのである。


「患者さんは誰だって、少しでも長く院長と話がしたい。治療が受けたい。でもそんなことは通らない。我がままなんですよ患者さんも人間ですから…。少しは分かってくれないとね。ここは病院なんです」


 松子の目が少し潤み始めていた。

「誰かがビシッと矢面に立ってでも、嫌われても言いにくいことを言わなければ…」

松子はそう言いながら、また食事を続けた。

「話してくれてありがとう松子さん」

京子は、お茶を含みながら笑みを浮かべた。

 すると松子はなおも続けた。

「由美さんもよく分かってる筈です。でもやっぱり患者さんには嫌われたくないですからね。ましてや院長の傍にいれば気を遣うでしょうし、露骨な振る舞いもできないですよ」

 京子は、大きく頷《うなづ》きながら聞き入っていた。

だが決して反論はしない。

これが京子のやり方なのである。

というより、京子のおっとりとした性格から醸し出される優しさと言えるかも知れない。

「婦長もズルイですよね。京子さんには、早くしなさいって小言云うくせに、院長の息の
かかった看護婦や、知名度のあるような患者には、違う態度をとるし…。腹立たしくなるわ。それに由美さんだって」

 一瞬ためらった松子だったが

「婦長の座を狙っているんでしょうけどね。みんな精一杯なのよね、自分のことで」

 そしてさらに松子は付け加えた。

「わたし今の考えを変える気持ちなんて、さらさらないんです。院長や婦長に言い付けても構いませんよ。何時でも辞める覚悟はできていますから」


 松子は、せっかくの食事中に嫌な想いをさせてしまったと、京子に謝ってから食堂を出ていった。

京子は、ひとり窓を眺めながらタメ息をついていた。

「みんな、よかれと思って頑張っている。それなのに何故か歯車が噛み合わない」

 京子は、人間社会の寂しい影をまたひとつ垣間見るようであった。

そして、お茶を飲み干し立ち上がった。


【白い落果】第3話 #2 京子の外来(婦長の秘密?)

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)


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