第7章【わかれ】

第7章【わかれ】(1)

次の朝。

春花は、四国へと向かった。

電車の中で、大介にメールを送る。

四国で、お見合いすること。

お父様の、回復を祈っていること。

そして、大介の幸せを…。

最後に

「ありがとう、今日まで」

送信ボタンに、そっと指が触れる。

そして

「これで、いいのだ」

と、春花は納得したかのように、肩で大きく呼吸し目を閉じる…。

やがて、携帯の電源を切ると、手で握りしめる。

そして、電車の窓ガラスに、そっと顔を寄せ、窓の景色に目を向けた。

岡山から瀬戸大橋を渡り、高松を経て徳島の実家に辿りついたのは、午後四時過ぎ。

内緒で帰ってきたので、両親はもちろん不在。

我が家に入ったとたん込み上げる、なつかしさ。

春花は、仏間にかけてある、おじいちゃんの写真に

「ただいま~、おじいちゃん。帰って来ちゃった」

と、手を合わせる。

そして、家の中を、一部屋、一部屋ながめて回る。

あの頃と変わらない、春花の部屋も…。

カバンの荷物を整理し始めた春花は、クマのぬいぐるみを出すと

「は~い、ク~ちゃん、着きましたよ」

「ここが、おねえちゃんちで~す」

「ク~ちゃんの、お部屋で~す」

と、抱き上げて、グルリと部屋を見せる。

その後、春花は

新聞社の村上社長宛にと、便箋を取り出す。

お世話になったお礼と報告がしたかった。

やがて、封筒を手にしてポストへと向かう。

父や母が、帰って来たら、腰を抜かすんじゃないかと、思いながらも

「おどろく顔を見るのも、いいじゃん」

そんな事を考えながら、家の前の通りに向かった。



その頃、大介の家では…。

夕食を終えたばかりの、大介の傍に座った、みのが

「ぼっちゃん、今日、お父様にお会いして来ました。それに…」

みのは、興奮したような顔つきで

「佐織お嬢様にも、久しぶりにお会いしましたよ。ま~、ずいぶん、おきれいになられて…」

「・・・・」

大介は無言で、新聞を読んでいる。

「お父様…一度、おぼっちゃまと、お話がしたいそうですけど…」

「・・・・」

「よろしいのですか? このままで」

みのは、心配そうに言う。

「なにが?」

やっと大介は、口を開く。

「私も、どうしたものかと、毎日、毎日、夜も眠れないくらい、心配なのです」

泣きそうに言う、みのに

「みのさんが、何も心配する事ないよ」

「でもね…。このまま、お父様にもしもの事が、おありになったら…」

と、みのが言った時

「死ねばいいよ、あんな奴! みのさんだって、嫌と云うほど分かってるじゃないか?」

大介は、語気を荒くした。

「そんなふうに、おっしゃらないで下さいよ。亡くなられた、お母様のお気持ち、考えてあげて下さいよ。どんなに辛くても、歯をくいしばっておられた、お母様のお気持ちを」

みのは、泣き出してしまった。

「おふくろの事は、もう言うなよ、みのさん」

大介は、新聞をパタッとたたむと、頭をかかえてしまう。

「言いません、もう、言いません。ただ…。お母様なら、こんな時どうなさるか、私は、私は、いつも考えるのです。…それだけです」

みのは、そう言うと台所へ。

大介も立ち上がると、階段をかけあがる。

部屋に入った大介は、扉の内側で座り込む。

髪を両手で、たくしあげると、思い切りかき混ぜる。

そして、その手で、ヒザをパ~ンと叩いた。

しばらく、うなだれていたが…。

立ち上がった大介は、本棚にあったアルバムを取り出すと、一枚の写真を見つめる。

母のそばで、学生服にランドセル姿の大介が写っている。

じっと見つめて動こうともしない。

やがて、ベッドに仰向けに転がると、ポケットから携帯を出す。

~受信メールを読み込む~

春花からのメール。

しばらく見つめていたが、やがて携帯を持つ大介の腕が布団の上に、バサッと落ちる。

そして、天井をじっと見つめる。


翌朝…。

縁側で、新聞を広げていた大介に、みのは、お茶を差し出した。

そして、みのが

「それで…春花さんは、もうこちらには、戻って来られないのですか?」

「・・・・」

大介の口は、閉ざされたまま。

「お母様にそっくりな、気だてのやさしい、いい方でしたがね~、残念です、とっても」

みのは、縁側から中庭に降りると

「春花さんは、お父様のお見舞いに、来られたそうですね。佐織お嬢様が、おっしゃってました。…でも、追い返されたみたいですよ」

みのが、そう言ったとき大介は

「他にも何か言ったのか?」

と、大介は急に、みのに聞きかえす。

「そこまでは分かりませんが、ずいぶん嫌ってらっしゃるみたいで…。佐織お嬢様は、春花さんをご存じなのでしょうかね? 帰る時に、廊下で少しお伺いしただけなんですけど…」

みのの言葉に大介は、急に新聞をたたみ、立ち上がった。

「あの、オンナ…」

と、低い声で漏らすように口にし、階段をかけ上がる。

みのは、また首をかしげながら立ち上がった。


その日の夕方、大介のバイクは、名古屋に向かっていた。

テレビ塔が、そびえ立つ、久屋大通公園のセントラルパーク。

そこに「希望の泉」という、きれいな噴水がある。

やがて、大介はその噴水の前に来ると、あたりを見回す。

テレビ塔やビルの灯り、町のネオンなどが水面に写しだされ、まさに幻想美。

五分ほど経った頃、佐織が現れた。

「ごめんなさい! 大介兄さん」

小走りに、大介の前に来ると、手に持っていた缶コーヒーを渡す。

「・・・・・」

大介は黙って、うなずくように受け取ると、噴水を見ながら缶のフタを取る。

そして

「何で、こんな場所にしたんだ?」

と言うと、佐織はそばのベンチに腰掛けながら

「な~あに? 聴こえない」

噴水の音が、いっそう大きくなり、七色の光に輝く。

「もっと、静かな場所があるだろ?」

「だって、ロマンチックだもん」

佐織は、大介をベンチに座るよう、手でうながすと

「でも、お父さんの病院の近くでないと困るし…」

しぶしぶ座る大介を、じっと見つめながら佐織は、ニコッとした。

大介は、黙ってコーヒーを飲み、噴水から落ちる水の行方を見ている。

佐織は、大介の見つめる先を、追いながら

「きれいね~ なんか恋人同士みたい…」

そして、立ち上がると大介の目の前に座り、見上げるように

「ねぇ、お話ってなあ~に?」

と、佐織が聞くと。

大介は、佐織の腕を掴んで、急に歩き出す。

「何よ~? どこ行くの?」

三十メートルほど来ると、そこには公園を流れる小川が…。

佐織の腕を離した大介は

「いったい、何を考えているんだ? 君は…」

佐織は、つかまれていた腕を、さするようにして

「どうしたの? いきなり怖い顔して…」

「春花に何を言ったんだ?」

佐織は黙りこむ。

と、その時、佐織は大介の唇に、いきなりキスをした。

両肩を抱いたまま、大介を見つめている。

驚いた大介は、ゆっくりと佐織の手を離しながら、近くのベンチに座らせた。

そして…。

「母親は違っても、兄と妹だ! わかってるよな!」

大介は、腰をかがめ肩に両手を、そっとのせて諭す。

「・・・・」

佐織は腕を組みながら、じっと大介を見あげ、真剣な顔つきで

「春花さんが、好きなの?」

と大介の目を睨むと

「君に、話す事じゃないだろ~?」

「じゃ~、わたしは? 好き?」

大介は、佐織から、一歩離れるようにして

「いいか、もう一度言う…」

と言うと、佐織は立ち上がって

「ちゃんと応えて…」

また大介の肩に、すがるようにして言った。

「兄と妹の関係だ。それ以上でも、それ以下でもない」

「だってわたしは、大介兄さんが好きなんだもん」

佐織は泣きそうにして言う。

「冷静に考えろよ。血のつながった…」

と、そこまで言った大介の言葉を、ふさぐかのように

「そんなことは、どうでもいいの。好きなものは好き!」

と、佐織は叫ぶ。

第7章【わかれ】(2)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】


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