【白い落果】第2話 #3 病棟の人間模様(男の欲情 )
京子は、夕方四時から深夜十二時迄の勤務に入った。
消灯は午後九時である。そのタイミングで京子は巡回を始めた。
三奈は既に電気を消して、スヤスヤと眠りについていた。
京子は掛布団を、三奈の肩を覆うように手で軽く抑え部屋を出た。
やがて木村の部屋に到着すると、枕元の灯りが点《つ》いていた。
そして、顔には週刊誌を開いたまま被さっていたのである。
「木村さん」
そっと小声で呼んでみたが返事はなかった。
京子は、枕元の灯りを消した。
そして、週刊誌をそっと手に取り枕元に置いた。
その時だった。
首を掴まれたかと思うと、あっと言う間もなく木村の顔に、京子の顔が密着してしまった。
「うっっ」
一瞬何が起きたのか、声も出せない状況だったが、すぐに木村が抱き寄せたのだと理解できた。
離れようにも、腕のチカラが強くて動きが取れない。
すると今度は、木村の片足が京子の両足に絡められ、ベッドに横たわってしまった。
京子の口は、木村の口でふさがれている。
必死に離そうとしたが離れなかった。
京子はとっさに、木村の手術した足が気になった。
ここで自分が暴れたら、傷口が大きく開いて大変なことになる。
冷静になるよう木村に伝えようとするが声を出せない。
木村の荒々しい息づかいと共に、木村の手が京子の胸をまさぐってきた。
「やめて下さい」
やっとの思いで、木村の耳元に声を発した。
が、木村はまたもや京子の唇を塞いできた。
京子は、由美と温泉で過ごした夜が思い浮かんできた。
夢うつつの中で自分の身体が、狂おしいまでに乱れていく様を、再び目《ま》の当たりにしているのである。
気がつくと、京子の身体は木村の下になっていた。
このまま、闇の底に沈んでしまうのだろうか。
自分でも分からなくなりかけていた時だった。
「傷口が開いたらどうするんですか?」
「明日からのこと考えて下さい」
と、声を押し殺しながら木村の耳元に訴えていたのである。
無意識だったが、看護婦としての京子がまだ残っていたのだった。
木村の動きが少し止まった隙に、京子は跳ね起きた。
はだけた白衣のボタンと髪を整えながら、京子は部屋を出ていった。
すぐに詰所に戻る訳にもいかず、このまま巡回を続ける気持ちにもなれない。
京子は誰もいない浴室に入った。
鏡の前で、身なりを整えることにしたのである。
「これが、わたしの目なの?」
京子は、虚ろな目を見ながら思った。
たったいま起きたことでさえ、木村を恨むこともなく、なおも下半身が火照っている。
「わたしは淫乱な女だ」
白衣に包まれたその奥には、ためらいも恥じらいもない別人格が潜んでいる。
京子は巡回を再開しながら、汚らしい自分と清楚な自分が、振り子のように揺れているようであった。
深夜の勤務が終わり、寮棟での入浴を済ませた京子は、黒髪をたくし上げながらドライヤーをかけていた。
木村の顔がチラつくと、京子の手は髪を掻きむしるようにして、ドライヤーの動きも一層早くした。
そして京子は、普段はあまり飲まない缶ビールを冷蔵庫から取り出した。
一気に呑んだものだから大きく蒸せ返り、思わずテーブルにしゃがみこんだのであった。
【白い落果】第3話 #1 京子の外来(それぞれの痛み )
【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤)
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?)
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性)
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)完
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