【白い落果】第5話 #1 濡れた果実(京子の性)
その翌日も、深夜からの勤務であった。
日頃の疲れもあってか、京子は、いつしか机を枕代わりに顔を臥せていた。
三奈の部屋にあった、折り鶴が大分増えていたなぁ、というところまでは現実のこととして思い浮かべていたのだが、そのあとはもう夢の世界に入っていた。
お花畑の中を、三奈が走っていた。
京子は三奈のあとを追って走ろうとするが、足が動かないのである。
「三奈ちゃん、こっちに戻って」
と、呼び戻そうとするが三奈は、どんどん先へ先へと走って行った。
振り向いて、京子に笑顔で手招きしては、また背を向けて遠ざかって行った。
その時、京子の背後で地鳴りのような音が聞こえてきた。
ハッと目を覚ました京子は、詰所のブザーが鳴っていることに気づいた。
他の看護婦は出払って、誰もいなかった。
ブザーで呼んでいるのは木村だった。
廊下を歩きながら、京子は居眠りしてしまったことに気づいた。
静かな夜は、ついつい机に顔を埋めてしまうのである。
木村は、枕元の灯りを点けて待っていた。
「どうされましたか?」
木村は、身体を横向きにして見つめた。
「手術の包帯がね」
と、言いながら掛け布団をめくって見せた。
足の包帯が解けていたのである。
「あらあら、行儀がわるい」
京子は、丁寧に包帯を巻き直しながら
「院長から退院日の、お話しありましたか」
「正式な日は未だだけど、来週辺りじゃないかなぁと言ってたね」
「良かったですね。奥様の元に帰れて」
木村は黙っていたが、女房のことは言うなよこんな夜中に。
とでも言いたげな顔をして京子を見つめた。
「はい、出来ました」
テープで固定した足を、京子はそっと撫でるようにさすった。
そして、パジャマのズボンを足首までおろした。
木村は、すかさず京子の上腕部を掴んで引き寄せた。
京子の身体は、グラッと木村の上に折り重なるように倒れ込んだ。
「ううっ」
京子の唇は、すでに木村の唇によって塞がれていたが、抵抗する素振りを見せることはなかった。
二人の荒い息づかいが、枕元の灯りさえも熱くしていた。
木村の手は京子の、はだけた白衣の胸元に滑り込んでいた。
やがてそれは京子の喘ぎ声を誘発し、木村の動きを一層早く強くして行くのであった。
京子は、枕元の灯りを消し、自ら白衣を床の上に脱ぎすてた。
静寂を保っていた病棟だったが、いつしか師走の風が吹き始め、窓ガラスがカタカタと鳴っていた。
暗闇の部屋の中に、うっすらと白い天井や壁が浮かんで見えている。
そしてベッドの軋む音が、ゆっくりとリズムを刻み出した。
それに合わせるように、白い掛布団も動き出したのである。
木の枝から、果実がひとつ地に落ちた。
そして、パクッと割れると同時に、中から甘い果汁が溢れ出した。
やがて病棟の朝を迎えた。
空は、どんよりと曇っているが、病棟には患者たちの声が飛び交っている。
うがいをする音、挨拶の声、廊下で立ち話をする人。
そして、看護婦の軽快なシューズの音。
冗談を投げかける患者の笑い声。
それぞれの人生を背負いながら、等しく流れゆく時間の中で、来たるべき新しい年を迎えようとしているのであろうか。
詰所では、婦長を中心に朝の引継ぎが行われていた。
「京子さん、三奈ちゃんの様子、気をつけて下さいね。院長から注意指示がありました」
「はい、分かりました」
京子は婦長を見つめながら、初めて汚《けが》らわしさを感じた。
そして、この女も、不完全で淫らな果実なのだ、と思った。
だが、そんな思いはすぐに消えた。
自分と同じなのだと言い含めていた。
あわれでもあり、滑稽にも見えてきたのである。
婦長は四十半ばとは言え、女の妖艶さを持ち合わせている。
白衣の胸もまだ緩んではいない。
院長が、むさぼりつきたくなるような果実なのだ。
これからも、あの手術台で…。
京子は、そう思いつつも、脳裏に描くそれらの映像のスイッチを消した。
昼勤の、三奈の担当は幸代だった。
京子は、改めて三奈の状況を説明し、丁重にお願いして寮へと向かったのである。
【白い落果】第5話 #2 三奈の旅立ち(京子の選択)完
【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤)
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?)
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性)
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)完
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