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【白い落果】第4話 #3 男と女の性 (婦長の蜜月 )

 数日後の夜だった。

夕方から深夜までの勤務を終えた時のこと。

その日は、夜遅くから院長が緊急の手術をしていたのである。

こういう時間帯に手術を行うのは、よくあることなので別段おどろくことでもなかった。

 患者さんは手術後、病室に戻っていたのだが、手術室に小さな灯りが点いていた。

まだ院長や看護婦がいるのだろうと、気にもとめなかったのだが、京子は病室の巡回中に気になって寄ってみた。


 電気を消し忘れたのかも知れない。

そんな程度に思って手術室の前に来た時だった。

中に人影がしたので、誰かいるのだと思い、そっと聞き耳を立ててみた。

 しばらくして京子は、我が目を疑った。

人の会話ではなく、女の喘ぎ声だった。

京子は息を押し込めながら中を覗いてみた。


 カーテンの向こう側に誰かがいる。

しかし誰かは見えなかった。

すると、カーテンの下のほうに、白衣が無造作に脱ぎ捨てられているのが見えてきた。


 さらに、その近くに黒い線が二本入った看護婦の帽子がハッキリと見えた。

この病院で看護婦の帽子に、二本の黒線が入っているのは一人しかいない。

婦長だ。

間違いない。


 院長の手術の時は、必ず婦長が立ち会うことからも、ここにいるのは院長と婦長であることが京子にはすぐに理解できた。

 カーテンが揺れている。

その向こうには手術台が置かれている。

台の右端に黒いズボンが脱いであるのも見えた。


 婦長のよがり声が、小さく繰り返されている。

京子は、まだ現実とも夢とも定まらぬ中で、段々と身体が熱くなってきた。

 自分はここにいてはいけない人間なのだと必死で諫めるのだが、京子の身体は意に反して、カーテンの内側で繰り広げられている男女の秘め事に、全神経が吸い寄せられるようになっていた。


 京子の両足は、すでに身体を支えられる状態ではなかった。

壁にもたれるようにしながら、その弱くなった両足の隙間に手が滑り込んできた。

 手術台の上では、婦長の嗚咽にも似た声がしていたが、精一杯抑えても、こらえきれないという声であった。

台の動く音が少しずつ早くなってきた。


 京子の左手は、はだけた胸のあたりで、苦しそうにうごめいていた。

そして、院長の声が天井をめがけて走った。

婦長の声は、それっきり聞こえなくなった。


 グッタリしていた京子は、ハッと起き上がり、その場から逃げるように、忍び足で病棟へと向かった。

誰もいない浴室に駆け込むと荒い息を整えた。

そして自分の顔を見つめたのである。

 いま目の前で、繰り広げられていた光景がビデオ再生でもされるかのように、京子の脳裏に映し出された。

また身体の芯が燃えるように熱くなってきた。


「わたしは何をしているんだろう。

何のために生まれてきたのだろう」

そんな気持ちさえ湧いてきたのであった。

 虚しくなってくる。

なのに、どうしようもない身体の疼きが私の中から込み上げてくるのである。

果実が熟れて、誰かに早く食べて欲しいと乞い願うかのように…。

 翌日も夕方から、深夜までの勤務だった。

夜の九時ごろから、院長の回診が始まった。

これもよくあることゆえ、患者も素直に受け入れていた。

婦長も付き添っていたが、昨夜のことなど何もなかったかのように、淡々として院長に付き添っていたのである。 


【白い落果】第4話 #4 男と女の性(京子の果実 )

【白い落果】目次・あらすじ
【白い落果】幻冬舎からの講評 
第1話 1 束の間の休養~温泉へ
第1話 2 束の間の休養~温泉へ
 第1話 3 束の間の休養~温泉へ
第2話 1 病棟の人間模様(難病の少女)
第2話 2 病棟の人間模様(女の葛藤) 
第2話 3 病棟の人間模様(男の欲情)
第3話 1 京子の外来(それぞれの痛み)
第3話 2 京子の外来(婦長の秘密?) 
第4話 1 男と女の性(三奈の告白 )
第4話 2 男と女の性(幸代の告白 )
第4話 3 男と女の性(婦長の蜜月 )
第4話 4 男と女の性(京子の果実 )
第5話 1 濡れた果実(京子の性) 
第5話 2 三奈の旅立ち(京子の選択)


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